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ドリトル先生と琵琶湖の鯰
第八幕その四

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「そのことは安土城跡に行った時も話したね」
「そうそう、そうだったね」
「その時もね」
「安土城も色々な宗教を集めていて」
「結界みたいにしていた一面もあったね」
「神仏を頼む人ではなかったかも知れないけれど」
 それでもというのです。
「あの人なりの信仰心はちゃんとあったんだ」
「そこも違っていたし」
「延暦寺に対してもだね」
「そこまでしなかったんだね」
「そうだよ」
 そこはというのです。
「どうもね」
「何か色々残酷なイメージがあったのに」
「大勢の人を殺したり」
「実はそうしたことがなくて」
「意外と穏健な人だったの」
「どうもね、それでね」
 さらに言う先生でした。
「この延暦寺もだよ、当時実は現場で見て書き残した人もいなかったし」
「伝聞ね」
「それでしかなくて」
「真実は知らない人が書いていたの」
「今でも聞いたことだけで書く人がいるね」
 当時だけでなくです。
「そうだね、当時はもうね」
「それこそだよね」
「都から比叡山に行くことも時間がかかるし」
「それでだね」
「そう、そしてね」
 それでというのです。
「実際にその時の比叡山を観た人はいなかったんだ」
「焼き討ちのことを書き残した人が」
「じゃあ実際はどうだったかは」
「書いていない可能性があるんだ」
「そうだよ、どうしてもね」
 このことはというのです。
「どうしてもね」
「成程ね」
「じゃあ山全部焼き討ちしたとか」
「あと三千もの人を殺したとか」
「山にいる人を誰も彼も殺したとかは」
「違っていた可能性があるよ」
 実はというのです。
「これがね」
「織田信長さんがしたことで有名なことの一つだったけれど」
「比叡山の焼き討ちと殺戮は」
「それが実は違ったとか」
「驚きね」
「全く以てね」
「そこも調べていかないとね」 
 しっかりと、というのです。
「駄目だよ」
「そうだよね」
「それじゃあね」
「そうしたことも頭に入れつつ」
「史跡研修をしていこうね」
「是非ね」
 まさにというのです、そしてです。
 先生は山の中を歩いていってお昼ご飯も食べて観て回りました、そして日吉大社にも入ったのですが。
 皆はここでしみじみとして言いました。
「ここ延暦寺だけじゃないとかね」
「比叡山にある宗教の場所は」
「神社もあるなんてね」
「凄いものがあるね」
「これが日本だからね」
 先生はその皆に笑ってお話しました。
「いつも言っているけれどね」
「そうだよね」
「それが日本だよね」
「神道と仏教が一緒にある」
「そうした国だね」
「神仏を両方敬う国でね」
 それでというのです。
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