暁 〜小説投稿サイト〜
黄泉ブックタワー
第三章 黒き天使
第11話 今まで生きてきた中で、一番楽しかった
[5/5]

[8]前話 [9] 最初 [2]次話
らスマホを取り出そうとしたアカリだったが、その腕がつかまれた。
 ミナトの右手だ。
 震えていた。

「気にしなくていい……ケガなんてしてない。けど、俺は契約違反で……消えてなくなるんだ」
「き、消え……? う、嘘だよね?」

 彼の全身が、薄暮の中、うっすらと光に包まれてきていた。
 それが意味するところは……認めたくなかった。

「……違反って何……わけわかんないし……。どこかケガしただけなんでしょ? ケガってすぐ治るって言ってたよね? 大丈夫なんだよね?」
「ごめんな。こうやって見せる予定じゃ……なかったけどな……。でも事故が……俺が消える前で……よかった」

 彼を包む光が徐々に増してくるとともに、その褐色の肌が徐々に半透明になっていく。

「や、やだよ……。契約は終わったんだろうけどさ、また予定合わせて会おうよ。また旅行にも行こうよ。あんたが行きたいところに合わせるからさ。今度はさ、私がちゃんとガイドブック読んでガイドするから――」
「アカリ、これを」

 左手で力なく差し出されたのは、彼が旅行中に持っていた魔本だった。

「さっき、俺、慌ててたから……礼を……言うの忘れてた……旅行、すげー楽しかった……サンキューな」

 両目の瞼が、ゆっくりと閉じられた。
 体全体を包む光が、いっそう強くなっていった。

「アカリ……人間として……この世に生まれる可能性って……どれくらいなんだろうな……」
「……」

 彼が目をつぶったまま微笑む。
 その体はどんどん実体がなくなり、ただの光に置き換わっているように見えた。

「人間として生まれるって……きっとそれ自体が幸せなんだ……。ああ、これは魔本の言葉じゃなくて……今考えた、俺の――」

 体が完全に大きな光の塊となり、そこから小さな光の粒へ、急速に分解されていく。

 やがて、何もなくなった。


 あたりに響き渡る、アカリの絶叫。
 それが途絶えると、意識を手放したその体が、ゆっくりと地に沈んでいった。

 駆け寄ってきていたワゴン車の運転手の声。
 集まってきていた通りすがりの人たちの声。
 あたりは騒然となった。
[8]前話 [9] 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ