第百三話 緑から白へその六
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「ここは」
「それがよいな」
「はい、それでは」
「お主の言葉よしとする」
氏綱は弟に確かな声で答えた。
「ではじゃ」
「武蔵の両上杉家の勢力を退けていき」
「そしてじゃ」
そのうえでというのだ。
「まずは河越まで進むぞ」
「さすれば」
「そしてそこからまずはな」
「武蔵ですな」
「あの国を手に入れる」
こう言ってだった、氏綱は兵を武蔵に進め両上杉と戦い続けた。そうしていくうちに伊豆千代も成長していったが。
ある日家臣達の武術の鍛錬を見ていてそのあまりもの激しさに気を失った、そして気を取り戻すと小柄を出して言った。
「誰か介錯を頼む」
「若様、一体何を」
「何をされますか」
「武士が武術の鍛錬を見て気を失うなぞ恥辱の極み、これより腹を切って死んで恥を注ぐ」
こう言ってその場で腹を切ろうとする、だが。
その彼に初老で厳しそうな顔立ちの男が言ってきた。
「若様、それは違いまする」
「わしが恥をかいたことはか」
「はい、それはです」
一向にというのだ。
「構わぬのです」
「それは何故じゃ」
「若様は今の鍛錬ははじめてご覧になられました」
「うむ、鉄砲のそれはな」
「これは元寇の話の炮烙と同じです」
「あの元の者達が投げる凄まじい音が鳴るものじゃな」
「はい、あれはです」
まさにというのだ。
「誰もが驚きました」
「鉄砲と同じくか」
「それがしも驚きました」
はじめて鉄砲の音を聞いた時はというのだ。
「雷の如きなので」
「わしは雷には驚かぬが」
「それが若様は雷を承知であられるからです」
だからだというのだ。
「ご存知ないものはです」
「驚くものか」
「誰でもはじめて見るものに驚くのは当然です」
「恥ではないか」
「はい、むしろです」
家老は伊豆千代にさらに話した。
「あからじめのお心が大事です」
「心か」
「心構えが出来ていれば」
それでというのだ。
「驚かれることはないので」
「大丈夫であるか」
「はい、ですから」
「これからはか」
「お心を確かにされ」
そしてというのだ。
「ことにあたられて下さい」
「この様なことの前にもであるな」
「左様です、宜しいでしょうか」
「わかった」
伊豆千代は家老の言葉に確かな声で答えた。
「では腹を切ることは止めてな」
「そうしてですな」
「今度は常に心構えをしてじゃ」
「ことにあたられますな」
「そうすることにする」
こう答えた。
「これよりな」
「それでは、あとですが」
家老はさらに言った。
「もう一つ大事なことがあります」
「それは何じゃ」
「はい、先程若殿は腹を切られると言われましたが」
「そのことは」
「確かに武士は恥を注ぐもので」
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