第四章
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「上演前にも言ったと思うが」
「そのことは私も覚えている」
「君の作品の特徴になりつつある」
「私のテノールを歌える歌手はだな」
「非常に少ない、この欧州にどれだけいる」
ワーグナーのテノールを歌えるそのテノール歌手がというのだ。
「一体」
「そうはいないな」
「今回のトリスタンにしてもだ」
それこそというのだ。
「先に歌手が自信を失くしたことも道理だ」
「歌劇の歌手は往々にして絶対の自信があるがな」
むしろ歌手達以上の自信を持つワーグナーが言う、厳しいレッスンと常に本番の舞台を経て来ているだけに彼等の自信は相当なものだ。
「しかしだな」
「その歌手ですらそうなるのだ」
「ならばか」
「君のテノールを歌える歌手は稀だ」
実にというのだ。
「今欧州でトリスタンを歌える歌手を君は何人知っている」
「満足に歌えるからこそだ」
ワーグナーは知人の質問に答えた。
「彼を選んだ」
「ペーター=フォン=カルロスフェルトをか」
「そうだ、彼だからこそだ」
「つまり彼以外には知らないか」
「私もな」
「そうだな、君の作品は確かに偉大だ」
素晴らしいという域を超えてというのだ。
「そこまでのものだ、しかしだ」
「それでもか」
「君の音楽はまだ演奏出来る」
それはというのだ。
「可能だ、だがテノールはだ」
「そうはいないか」
「君の作品がこれからも上演されることは間違いないが」
その偉大さ故にというのだ。
「しかしだ」
「それでもか」
「君は今度テノール歌手を選ぶことに苦労し」
自作のその役を歌う歌手のそれにというのだ。
「そして以後もだ」
「苦労していくか」
「君の作品についてはな、若し彼がいなくなると」
知人は今度はカルソスフェルトの話をした。
「トリスタンを歌える歌手は君も知らなくなるな」
「それが現実だ」
「恐ろしい役だ、これからも君のテノールの役を歌える歌手は極めて稀だろう」
友人はワーグナーに話した、このことはこの時点でも言われていて。
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