第二章
[8]前話
「そうしたものだよ」
「そうか、あんたの旦那さんがか」
「わざわざそうしてくれたんだな」
「海から出して」
「それでか」
「そうだよ」
老婆は素っ気なく答える、だが。
ここでだ、村の長老が老婆に尋ねた。
「あんた時化から漁師を助けてあんたの旦那さんが舟を海から出したって言ったな」
「そうだよ」
老婆は長老にも答えた。
「今言った通りにね」
「あんたの話を聞いていたら」
それこそというのだ。
「あんた人間には思えないな」
「そうさ、わしは妖怪だよ」
まさにとだ、老婆は長老に答えた。
「海女房っていうんだよ」
「やっぱりそうか」
「普段は海の中で魚を獲って暮らしているがね」
「今はか」
「たまたまあの人達が溺れているのを見付けたからだよ」
舟はもう丘に上がっている、それでだった。
漁師達はそれぞれの女房達と再会を喜んでいる、女房の中にはよかったよかったと涙を流している者もいる。
その彼等を見てだった、老婆は言うのだった。
「助けたんだよ、かみさん達と再会出来てよかったね」
「まさか妖怪が助けてくれるなんてな」
「妖怪だって人を助けるさ」
老婆は長老にあっさりとした口調で答えた。
「見たらね」
「そうなんだな」
「そうだ、だからね」
「それでか」
「皆を送り届けたよ、じゃあね」
ここでだ、老婆は。
その白髪を青いものにさせて手足に水かきを出してだった。
そうして海の方に向かっていった、長老はその老婆に問うた。
「助けてくれたお礼は」
「ああ、そんなのいいよ」
「そういう訳には」
「わしと亭主が気が向いただけだからね」
それでというのだ。
「別にね」
「お礼はいいのかい」
「別にね、じゃあこれでね」
老婆即ち海女房は最後まであっさりとした口調だった、それでだった。
海に入りその中に消えていった、その姿を見送ってだった。
長老は巫女のところに来てこう言った。
「あんたの言った意味がわかった」
「おかしな人ってことがだね」
年老いた巫女は長老に応えた。
「わかったんだね」
「ああ、人を助けるのは人だけじゃないんだな」
「そうだね、わしもそのことがわかったよ」
「妖怪も人を助けるんだな」
「そんな時もあるね」
「全くだ、何はともあれ皆助かってよかった」
「そうだね」
巫女は長老の言葉に頷いた、そして村をあげて五人が戻ったことを祝った。そうして五人を助けて送り届けてくれた海女房に心から感謝した。三陸の方に伝わる古い話である。
海女房 完
2020・5・18
[8]前話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ