第四章
[8]前話
それから高橋は恐慌の時に大蔵大臣の職を引き受けたがこの時も同じだった。
「やらせてもらいます」
「かなり難しい時ですが」
「運がありますから」
それでとだ、彼はここでも笑顔で答えた。その顔はまさにだるまであった。
「近付いてくる音が聞こえているので」
「だからですか」
「受けさせてもらいます」
「そうですか、では」
「この危機、乗り越えましょう」
こう言ってだった、高橋は熟練と言っていい金融行政の手腕それに彼が言う運も使って恐慌をかなりの荒療治と言われる政策で乗り切った、少なくとも日本は独逸の様な破滅的な事態を避けることが出来た。
だがある夜彼は家の者達に言った。
「私はもう終わりだね」
「終わり!?」
「終わりといいますと」
「音が遠のいていっているよ」
今その音を聞きつつ言うのだった、家の外で彼にだけ聞こえる音を聞いて。
「私の運は終わったよ、長生きも出来たしこれでいいよ」
「またそんなことを」
「これからもまだまだです」
「いや、もう私の役目は終わったということでもあるよ」
音が遠のいている、そのことから察しての言葉だ。
「これでね、だからね」
「それで、ですか」
「もうですか」
「後はこの世を去るだけだね」
高橋は涼やかな顔で言った、その顔はまるで仏の様だった。
程なくして二・二六事件が起こって高橋はこの時に暗殺された。だがその死に顔は非常に穏やかなものだったという。
高橋是清は波乱万丈の人生を送ったが彼自身は運がいいと言っていたという、その運の根拠は何かは知る者は少ない。だがそのことを知ると実に面白くここに書かせてもらった。餅をつく音にそれがあったことを。
しずか餅 完
2020・5・17
[8]前話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ