第一章
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しずか餅
高橋是清はよく自分は運がいいと言っていた、だが。
彼に学んでいた学生達はよく彼に言っていた。
「先生が運がいいとは」
「思えないですが」
「やることよく失敗してますし」
「奥さんにも先立たれて」
「亜米利加では奴隷にされてますよね」
「それでもです」
そのふくよかで人に親しみを持たせる穏やかな顔で話すのだった。
「先生はいつも助かってますね」
「だからですか」
「先生は運がいいんですか」
「いつも助かっているので」
「それで、ですか」
「そうです、こんな運がいい人はいないですよ」
こう言うのだった。
「先生程は、その証拠に」
「証拠に?」
「運がいい証拠は」
「それは一体」
「しずか餅が先生にはいてくれています」
高橋は学生達に微笑んで話した。
「だからです」
「ええと、しずか餅っていうと」
ここで南方という学生が言った、服装は無頓着で随分汚れている。身体も風呂に全く入っていないのかそうなっている。
「あれですか」
「南方君は知っていますか」
「聞いたことはあります」
高橋に鋭い目で答えた。
「妖怪ですね」
「足音がこっちに近付いてくる」
「はい、夜中にこつこつと」
「遠くで餅をつく様な音が近付いてきます」
「先生にはですか」
「そのしずか餅がついてきてくれているので」
だからだというのだ。
「運がいいのです」
「先生にはですか」
「そうです、子供の頃から家にいる時に時々聞こえていて」
しずか餅のその音がというのだ。
「亜米利加でもでした」
「奴隷だった時も」
「そして商売に失敗した時も奥さんに先立たれた時も」
いつもというのだ。
「家にいると時々近付いてくる音が聞こえました」
「ほな先生は」
「運が悪いと奴隷の立場から抜け出られませんでした」
その身分からというのだ。
「すぐに。それに商売に失敗しても」
「それでもですか」
「今よりも酷い借金を持って困り果てていましたし」
「奥さんもですか」
「悪い奥さんなら懐かしむこともありませんでした」
それ故にというのだ。
「先生は、です」
「運がええですか」
「心からそう思います」
こう言うのだった。
「とても運がいい人だと」
「しずか餅がいてくれているので」
「はい、この運のよさに感謝して」
そしてというのだ。
「これからも生きていきます」
「そうですか」
「はい、そうしていきます」
講義の合間に笑って話した、そして遊郭で遊女の服を戯れに着てそのうえで酒を次から次に浴びる様に飲み。
気分よく酔っている中で耳を澄まさせて遊女達に言った。
「暫くぶりに聞きましたね」
「ああ、そのですね」
「餅をつく音ですね」
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