第五部〈皇国〉軍の矜持
第八十話六芒郭顛末(上)
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を破壊する良い機会だ。
戦場の荒事、奇襲なれば総司令官にすべての責が向く。あの小娘が指揮を執れぬ状態にすれば全ては上手く収まる。
司令部の直衛についているドブロフスキ旅団長はそれを心地よさとは真逆の感情で眺めている。
「我々は軍命に何一つ背かず、殿下は自分の軍命に則り敗死した。”それが真実だ”」
あぁいと気高き東方辺境領姫よ!貴方は良き姫だった。だが、それでも貴方は魔王の毒牙にかかって死ぬのだ。
「”それが真実だ”か。あぁ俺達はそう言わねばならんのだな、最早――蛮軍は逃がすのか」
ドブロフスキは苦い顔をした。
「逃がすしかないだろう。夜襲に長けた連中が外と中から食い破ろうとしている。ここで食い止めて何の戦略的意味がある、それならば混乱を本営まで広げさせた方がよほど良い。
真実とは皇帝陛下の下で記された事で決定される。敵が騒ぐのであればなおよいではないか」
情報戦の盤面であることにすれば東方辺境領軍が騒ぐのも利用できる、とラスティニアンは言った。
「籠城する連中が逃げるのであればここで徹底的に痛めつける。だが深追いはしない事だ。
蛮軍が全方面で怪しい行動をしているのであればここは守勢に徹し、指揮系統を再編する。とにかく朝までに片をつけることだ」
そうだ、最初からこの面倒な要塞なぞにこだわる必要はなかったのだ。
要害に張りつこうとするナイオウドウを突けばよかった、コウリュウドウの野戦軍を叩けばよかった。その結果がこれだ。
我々の同胞は無為に殺された、辺境領姫の政争の為に。我々は汚名を着せられて始末されようとしている、辺境領姫の名誉のために。
「――今でも意外ではあるよ、貴様がそこまで断固として決断するとは」
「意外、意外だと?」
数少ない旧友の言葉にラスティニアンは血走った眼をぎょろりと向けてまくし立てた。
「ドブロフスキ、ドブロフスキ!士官学校の門をくぐり、二十余年もの間、どれほど華やかに暮らしてきた?俺達を貴族の恥だと罵る閻閥に阿り、木っ端役人の言葉遊びに追従し、薄めた粥を啜り、酒も女も遊ばぬ事を目下の金満共に蔑まれ!それでもやっと手に入れた将官の座だぞ!!」
怯えている、追い詰められている。余裕という言葉はこの男から程遠いものだ。だからこそ指揮官には向かない性質の男であった。
「わ、私は!私の幸福の為の人生は!ここから始まるんだっ!!
物心得た時からずっと他人の物だった暮らしを!
領地を持ち、農民たちを従え、ちょっとした貯えを得て、明日も同じような朝が来ると素直に信じられる日々を!
辺境の蛮族や下らん政争……ましてや生まれ落ちて銀の匙を咥え!肉と白麺麭を喰らって育った小娘の些細な失点隠しの為に!俺の、俺の人生を覆されてたまるか!」
ドブロフスキはそうか、とつぶやくだけだった。
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