ターン28 翠緑の谷の逆鱗
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病院の自動ドアをくぐると、消毒液の匂いがふわりと糸巻を出迎えた。彼女自身はこれまで毎年の健康診断のときぐらいしか縁のない生活を送っていた場所だったが、ここ数週間の間にすっかり通い慣れてしまった感がある。もはや顔なじみとなった受付に会釈し、エレベーターの扉を開けたまま様子を見ていた誰かの見舞いに来たのであろう親子連れに首を振って階段へ向かう。別に先ほどのエレベーターに乗せてもらってもよかったのだが、体に染みついた職業病のようなものだ。
階段を上り、2階、3階。誰もいない廊下を渡り、308と銘打たれた病室へ。引き戸を開けようと手を掛けたところで、部屋の中から話し声が聞こえてきた。特に盗み聞きするつもりはなかったが、誰が来ているのかとしばし耳を澄ませて様子を探る。まず聞こえてきたのは、清明の声だった。
「……もちろん、そういうこともあるよ。でも、そこはほんとに人それぞれよ?自分の弱みを理解したうえでそれを跳ね返すことを意識するのも、あえて対策じゃなくて強みの部分を最大限伸ばしにかかるのも」
次いで聞こえてきたのは、少女の声。
「なるほど……そのどちらかの選択が重要、なんですね」
「んー、それが、その2択とも限らないのよね。もうひとつ考えられることとして、全く違う要素を取り入れるってのもあり得ない話じゃないからね。単純にやれることの幅が広がるし、ひとつのことだけに凝り固まってたら気づけないことなんて世の中たくさんあるからね。って言っても、若いんだからまだぴんと来ないか」
「爺臭いなお前、年いくつなんだ一体……よう、清明。見舞いに来てやったぞ」
もう少し聞いていてもよかったが、さすがにツッコミどころかと判断してノックもせずに扉を開ける。ベッドの上で上体を起こしていた怪我人の方は彼女の存在に気づいていたのかいないのか、突然の糸巻にも驚いた様子もなくおいすー、などと笑ってひらひらと手を振る。
ところが、もう1人の話相手の方はそうもいかなかったようだ。ビクリ、と後ろからでもわかるほどはっきりと体を強張らせ、小動物を思わせるおどおどした動きでさっと糸巻の方を振り返る。ふわりとした茶髪に丸眼鏡の少女の顔には、彼女も見覚えがあった。
「あれ、意外だな。竹丸ちゃん、だったか?こいつのお見舞いかい?」
「え、えええっと、はい!そうでしゅ!」
よほどテンパっているのか混乱した目で勢いよく噛みつつ、それが癖なのか右手の指で自分の髪をくるくると巻きながら立ち上がる少女……竹丸。別段糸巻も害意があるわけではないので、落ち着けよとなだめるジェスチャーで多少距離を取って見せた。
「ええと……今日は、八卦ちゃんとは一緒じゃないのかい?」
「は、はい!私1人で、お兄さんのお話を聞きたくて……じゃあ私、今日はこれで帰りますね!お兄さん、
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