第一章
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カワッパ
三河、今の愛知県東部の話である。
三河では変わった娘が出ていた、人が煙草を吸っていると自分も吸わせてくれとしきりにせがんでくるのだ。
おかっぱで随分と口が尖っている、そしてかなりのガニ股で背中は何かを背負っている感じで着ている服も帯も緑色だ。
その娘が人が川添いで煙草を吸ってくつろいでくると来て言うのだ。
「私にも煙草を吸わせて」
「煙草をか」
「しう、それをね」
こう言うのだ、相手が誰でも。
「少しでいいから」
「菓子ならあるが」
こう言う者もいた、蜜柑や柿の場合もある。
「そっちを食うか」
「そっちはいいよ」
菓子も果物も勧められても断るばかりだった。
「だからね」
「煙草をか」
「少しでいいんだ」
それでもというのだ。
「吸わせてくれるかい?」
「子供で、しかもおなごで煙草か」
誰もがこのことをいぶかしんだ。
「変わってるな」
「そうかい?」
「普通はないだろ」
子供、それもまだ娘が煙草を吸うことはというのだ。
「流石に」
「いいんだよ、私は」
娘はいぶかしむ声にいつも笑ってこう返した。
「そうしてもね」
「それはどうしてだい?」
「私だからだよ」
これが娘の返事だった。
「だからだよ」
「訳のわからない返事だな」
「そうかい?」
「ああ、随分とな」
「そうなんだね、けれどね」
丸いその目で言うのだった。
「くれるかい?」
「本当に煙草を吸いたいんだな」
「そうだよ、だから吸わせておくれよ」
「そこまで言うならな」
誰もが根負けして煙草を渡す、すると娘は煙管を慣れた手つきで持って動かして煙草を実に美味そうに吸う。そうした娘が三河に出ていた。
その話は田原藩にも及んでいた、しかも藩の中にも出ていた。それで藩士達もこの話についていぶかしんだ。
「娘が煙草を吸うなぞ」
「またおかしな話だ」
「変わった娘だ」
「しかも子供だ」
子供であることが特におかしなことだった。
「子供が煙草を吸うか」
「そんな子供がいるのか」
「実に妙だ」
「しかも子供が煙草を吸うなぞ」
「身体に悪い」
「これは止めねばならんな」
「左様であるな」
こう話した、そしてその話は家老達にも及んでいた。それで家老達も話したがここで若い家老が言った。
「若しや」
「若しや?」
「若しやというと」
「娘は人ではないのでは」
その若い家老、渡辺登が言った。やや吊り上がった眉に細面で細い吊り目の男である。
「そう思いました」
「それは何故か」
「何故渡辺殿はそう言われる」
「その様なことを」
「はい、そもそも娘子が煙草を吸うことはです」
このこと自体がというのだ。
「まずないことかと
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