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ボロディンJr奮戦記〜ある銀河の戦いの記録〜
第50話 第四四九〇編成部隊
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のうち生き残った半数が自主的に退路を探り、残り半分の二〇〇隻がリンチと運命を共にした。詳しいところは軍機で検索できないが、リンチとは別の意味で『民主主義の軍隊として』許されざる存在ということか。

 いつの間にか時間が過ぎ、時計を見ると一八時を回っていた。ハイネセンにおける定時ではあるが、次席参謀という無駄飯喰らいに定時は存在しない。しかし軍属には厳格に定時がある。重要な会議等でお茶出しが必要な時を除いて、彼らは軍の評判もかかった労働者だ。故に彼女が俺に敬礼して退出の挨拶をするのは、規則であり、礼儀である。礼儀ではあるが……

「ミス・ブライトウェル」
「……なんでしょう? ボロディン少佐殿」
 一度敬礼して、回れ右した彼女は、もう半回転して俺に正対する。背筋が伸びたきれいなアイスダンスのような動きであったが、表情は真逆の氷河期そのものだ。
 何か言わなくてはいけない。その一心で俺は声をかけたが、何を言おうか、気の利いたセリフすら思いつかない。時間が経つにつれ、氷河期にクレバスが寄り始めた顔を見て、俺は思いついたことをそのまま口にした。
「ジャンバラヤ」
「え?」
「明日でなくても構わないので、司令部の昼食を作ってくれないか? ケリムで食べたあのジャンバラヤ、実に美味かったんだ」
「……は?」
「司令部のキッチンは狭いから準備は大変かもしれないが、君に頼みたい。材料費が必要なら出すし、何なら俺が買ってくる」
「……はい?」
「とにかくこれは命令だ。俺の端末のアドレスと電話番号を教えておくから、夜までに材料の詳細を送ってくれ。爺様と参謀長と副官のファイフェルと俺だから四人分。文句言う奴がいたら俺が命じたと言ってくれ」

 自分でも何言っているんだかよくわからないが、氷河期がプチ氷河期になったのはわかった。俺が小さなメモに番号とアドレスを書き込み、それを細い彼女の手に握りしめさせる。これはセクハラかなとも思ったが彼女が無表情で再び敬礼し、俺がそれに答礼し、彼女の姿が司令部から消えると、俺は大きく天井に向かって溜息をつくと自分の席に深く腰を落とした。

 エル・ファシルは呪いだ。消し去るにはあまりに大きな汚点とそれをかき消す為に作られた英雄。英雄の放つ光が強ければ強い程、影もまた深くなる。これからヤンが脚光を浴びるたびにより強い呪いとなる。直接の責任がゼロではないにしても司令官の命令に従った第八七〇九哨戒隊、そして親の罪が何の責任もない子供に伝染することが、自由と民主主義と法治主義であるこの国ではあってはならない。

 自分の権力で防げるものであるのなら防ぎたい。俺はそう思うとかろうじて頭に残っていた軍用ベレーを顔に移動させるのだった。

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