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或る皇国将校の回想録
第二部まつりごとの季節
第二十二話 旧友、二人 (上)
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ながら新城直衛はそう思った。
――まぁ豊久の生還は素直に喜ぼう、だが、どうにも釈然としない。つまるところ北領が陥落し、戦間期に至ったのであるが――全てが馬堂家に都合が良すぎる。望んだものではないが、利益と名誉は自分にも遠慮なく分かち合わせ、その代わりに全ての面倒を押しつけられた。図面を――少なくとも最初の線を――引いたのは現場にいた自分の旧友であることは間違いない。
 勧められた長椅子に座り、細巻入れを玩びながら考えていると、豊久が部屋に入ってきた。
「お待たせしました、御育預殿。昨日は御挨拶もせずに失礼致しました」
 そう言って慇懃に頭を下げる。新城は形式上、駒城の末子である。
もっとも、同年代の陪臣で私的な場でも彼に好意的に接し、それなりに扱ってくれているのは豊久くらいである。
「あぁ、楽にしてくれ」
コイツが俺に頭を下げられると落ち着かない。

「ありがとう、新城。 さぁ、辺里!
我らが英雄とそのお零れに炭酸割のアスローン・モルトをくれ!」
 豊久が声を上げると一寸もせずに机の上に注文の品が現れた。
「素早いな。俺が頼む物までお見通しか?」
 若い主が水晶椀を掲げながら尋ねると
「若と御育預様のお好みは憶えておりますので」
 老練な家令は微笑を浮かべ、答える。
「お見事、まさに馬堂家の至宝だね」
「いえ。私には勿体ないお言葉です」
惜しみなく賛辞を送る主を産まれた時から見守ってきた老家令は、目に笑みを浮かべて穏やかに謙遜する。
「昼食も此方にお二人分お持ち致します。 ごゆっくりと」
 そして、慇懃に一礼をし、老家令は部屋を出た。
「じゃあ先ずは乾杯といくか」
 二人で杯を傾ける。
「炭酸割か、珍しいな」
 炭酸水は大陸では麦酒を製造する際に副産物として創られるので親しまれているがこの国では湧き水に含まれている物位しかない。
「厨房係が瓶詰めの物を仕入れてくれているからな。彼の趣味は上々だ」
 酔いやすいのに随分と早い調子で飲んでいるホスト役に新城は眉をひそめた。
「何だ?貴様、随分と機嫌が良いな」
――少し鬱いでいるかもしれないとおもっていたのだが、もしかしたら想像以上に重症かもしれない。
「まぁな。昇進して、勲章も貰い、家格が上がった――そうしなくてはならないし、そうしなくてはやってられんさ」
声を掠れさせながら目を伏せる旧友の様子に新城は合点する。
 ――成程な。
「石でも投げられたのか?」
 ビクリ、と肩がはねた。
 ――初の経験、か。何とも羨ましい。
「ふん。覚悟はしていたさ」
 そう言いながら旧友に見せた顔は不敵な笑みが貼り付けている。
 ――此奴も戦場から戻ってこられない様だ。
「……貴様の書斎で話さないか?豊久。」


同日 午前第十一刻 馬堂家上屋敷 第
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