閑話2 エル・ファシルにて その2
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本当によくやってくれた。君のおかげで私は家族と再会できた。感謝している」
「はぁ……どうも」
メイプルヒルにある高級軍人用の官舎の一つでヤンは、自分を招いた上官……ドワイド=グリーンヒル少将に応えた。正確にはフレデリカとその母親から招待されたわけで、グリーンヒル少将自身に招かれたわけではないのだが、メイプルヒルという住所を聞いた時点で断るべきだったと内心で深く後悔していた。軍人の名前にあまり興味なさすぎる自分が一番悪いとは分かっていたが、それより頼りになる先輩達のうち、ハイネセンにいるキャゼルヌ中佐に相談すべきだったと。
だがヤンの内心を知ってか知らずか、グリーンヒルはいたって上機嫌だった。それはそうだろうなと、ヤンは察する。自分が出征している間、妻子が身を寄せていた故郷に帝国軍が侵攻したが、ほとんど奇跡的に脱出できた。自分の娘はその時の脱出指揮官を夕食に招待してほしいと、父親に珍しく強請るくらい良好な関係を築けている。直接ではないにしても軍人としては部下になるわけで、作り上げられた英雄とはいえこれからも私的な関係を維持できるとなれば、グリーンヒルの軍内における立場は補強されると言っていい。
それでもグリーンヒル夫人の料理は、散々味わされた高級ホテルのシェフの作品に比べ、はっきりと料理であると認識できるもので、ヤンとしては久しぶりの家庭の食事という感じで満足がいくものだった。お代わりなどすることなく一食分をじっくりと時間を掛けて平らげると、フレデリカの作ったというパンプディングをデザートに、グリーンヒルが先に切り出した。
「今回の脱出作戦。君は『司令官を囮にした』と公言しているが、これはどうしてだね?」
フレデリカが淹れた紅茶を片手に、グリーンヒルはヤンの目を見ながら言った。
「リンチ少将が君や民間人を見捨てて脱出したのは紛れもない事実だ。その不愉快な行動を利用したのも事実とはいえ、君が公言する必要はないのではないかな。何しろ私の妻子を含め三〇〇万人もの証人がいて、それぞれが報道や言伝でさかんに触れ回っているのだから」
「お答えします。それが事実であるからです」
グリーンヒルの言いたいことを察しつつ、ヤンは応えた。
「なにも私は犠牲なくエル・ファシルを脱出できたわけではありません。八万人近い駐留艦隊乗組員と三万人以上の後方要員を見捨てています」
「軍人が民間人を保護するために犠牲となるのは、民主主義国家の軍人として当然のことではないかね?」
「それが回避できる犠牲であるのならば、当然のことではありません」
少将を相手にこうも喧嘩を売るようなことを言ってもいいのだろうか、とヤンは思わないでもなかった。だが所詮少佐どまりの男という自他ともに認める自身の評価を考えれば、すでに少佐になっているのだからこれ以上
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