第四部
水の哀悼歌
湖沼の国の姫陛下
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、あの戦場では確かに感じられた裡の饗熱は、あの降下部隊を制圧して以降、綺麗さっぱりと形を潜めてしまっている。
今のアンリエッタは、虚脱感に覆われ……どころではないほどの、まるきりの虚ろだ。
習慣に任せて笑みこそ浮かべてはいるものの、自らが何をしたいのかがさっぱり見えてこない。
……あるいは、今なお浮遊大陸に巣食う彼の俗物どもであれば、またあの熱さを感じさせてくれるでしょうかと。
考え、悩み、あの結婚装束から切り出した七色の腕覆いに視線を落としては、思い出したようにまた皆へと手を振るうのだ。
「さて、殿下。
城も近づいてきたことですし、戴冠の儀の手順をおさらい致しましょうぞ。
きちんと覚えておいでですかな?」
「ええ、それはもう。
王都に到るまでの道中でも、随分な回数を聞かされましたもの。
……正直、もっと簡略にできないものかと思うのだけれど」
「我慢なさりませ、殿下。
戴冠の儀は、儀式です。
始祖の残せし杖おうけんの一つを担うことを、諸国へと表明するための神聖な儀式なのです。
多少の面倒は伝統の絢はなとお思いなされ」
そうですか、と久方ぶりに憂鬱な溜息をつくアンリエッタに、マザリーニは改めて儀式の手順を説明してゆく。
「――して、入場と名乗りを終えましたら、参列者による承認のもと、殿下は奥に拵こしらえた祭壇のもとへとお進みください。
祭壇のもとにて始祖と神に対する誓約の辞を殿下が述べると、私が金詰草の蜜水アウラアクアを頭頂に注ぎ、その身を御禊致します。
その後、控えた太后陛下が殿下に王冠を被せてくださいます。
その時より、殿下はハルケギニアの全ての民から『陛下』と呼ばれる者となるのです」
その後は特段、殿下のすべきことはございません。
即位式が進み、集った臣下が忠誠の儀を進め、後は退場なさるのみにございます。
そう続けるマザリーニに朧な返事を返しつつ、アンリエッタは考える。
誓約。
その文面も自らによる物ではなく、“伝統”に則った心篭らない文章だ。
心にも思わないことを『誓約』するのは、冒涜には当たらないのかしら、と疑問に思う。
なにせ、自分は、かつての――
虹色の手袋に視線を落とす。
――ただ一度きりの『誓約』のために、そしてその復讐のためだけに、その位置が必要だからこそ、王位へ就こうとしているのだ。
全ては、ウェールズ様への。
……ウェールズ、への、最早戻れぬ今なお募る愛しさ故に。
今、もしここに、ウェールズ、が居てくれたなら、少しはその『新たな誓約』を実のあるものにしてくれたでしょうかと。
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