霧に煙るは颪か灰か
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キシントン号の方を見つめていた。
「姫様、もう少し気を落ち着けなされ。
将の焦りは、瞬く間に兵に伝染しますぞ」
「分かっています、分かってはいるのですが……ッ、鷹馬ヒポグリフ隊!
『幕』を張ります、撃ち墜としなさい!」
枢機卿へ返す言葉の途中、それの気配を感じたアンリエッタは王杖を振り上げた。
艦隊壊滅以降、幾十となく繰り返されているその行動は、これまでと同じ様に幾百幾千と雲に穴を空けた鉛の雨を、幾層かの水面に遮らせることに成功した。
勿論、勢いのついた鉛塊がその程度の水壁に弾かれるわけもなく、空に浮かぶ水の幕は雨に触れる都度、弾け砕かれ霧と戻される。
だが、それでいい。
星の求愛をその身から一瞬奪いとりさえすれば、その一瞬こそが杖を構える近衛にとっては復またとない好機と成り得るのだから。
幕から霧が生まれ、数多の杖は振り上げられ――
やがて水の幕が全くの霧へと姿を移す頃には、比喩でも何でもなく鉛色した雲が一つ、風に流され緩やかに山の一角へと落ちていく姿が見られた。
此度の雨もまた、一粒二粒郊外へ飛んでいった物を除いて、全て防ぎ得たようだ。
そう報告を確認してアンリエッタは、確かに感じる疲労や安堵をノせ、緊張の糸に触れない程度に溜息を溢した。
「……こうもあからさまに牽制され続けるというのは、どうも精神衛生によろしくありませんわね。
枢機卿、何か他に手はないのですか?」
かなりうんざりとしているアンリエッタに、マザリーニは首を横に振るう。
「ありませんな。
先ほど将らにも訊かれましたが、こちらから動いたのでは峠であの巨艦の砲の的になるのが関の山でしょう。
幸い、向こうの部隊も巻き添えを恐れてか待ちに徹している様です。
あれだけの巨艦である以上、風石や砲弾の消耗も尋常ではありますまい。
艦が自滅するのが早いか、姫様か我らの近衛の精神の糸が切れるのが早いか……」
「とんだ我慢比べですわね……」
アンリエッタは空を仰いだ。
霧も、雲も。
彼女を助ける自然現象は、幾人かの近衛メイジが吹かせる風によって、未だそこに留められている。
水系統の魔法を使う際、最も精神力を消耗するのは水の調達だ。
発現点の湿度が低いほど、より広範囲に魔力を散らして萃あつめねばならないためだ。
そのため、これだけの雲とも霧ともつかない水滴が萃まっている内は、それこそ日が暮れるまでであろうとも裕に保たせられるだろう。
だが、偏り在るものは均ならされるが摂理さだめ。
霧は散るのだ。
その場に留め続けるには、それ相応の精神力だいしょうを用いなければならない。
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