心名残り
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無視し、"彼"は、再び杖を振るった。
静まり返った会議室。
己以外の視線の交錯点で一人、卓を両手で打ち、目が髪で隠れるくらいに顔を伏せ、真白いアンリエッタは立ち上がっていた。
「……ひ、姫殿下?」
「あなた方は、恥ずかしいとは思わないのですか?」
先ほどまで論争していた年若い文官の一人の呼びかけを、彼女は一歩を踏み出しながら凍き捨てる。
「私どもの国土が脅おびやかされているのですよ。
会議がどうの、条約がこうのと言う前に、まずやらなければならぬことがあるでしょう?」
刻一刻と拡がる火の手に対して交渉など持ちかける者がいますか?
大きくはない、だがよく通る声を朗々と響かせ、高踵ヒールを鳴らし、花嫁衣裳の裾を広げて、アンリエッタは入り口に向かって歩を進める。
足取りは揺らぎなく、まったくの線を描いている。
「そ、そうはおっしゃいますが殿下……これは事故です。
誤解から生じた小競り合いですぞ」
「事故? それこそ誤った解釈にんしきでしょう。
先の報告にもあったではありませんか、交渉中に不意をつかれた、と。
それすらもあなた方は事故の一言で済ませるのですか?」
「我らは条約を結んでおったのですぞ。
彼らも頭に血が上っておるのでしょう、今一度使者を送れば――」
「死・者となって送り返されてくるのがオチですわね。
もとより、彼らに条約なぞ守るつもりなどあったかどうか。
礼砲で撃ち落とされた戦艦の経緯いきさつすら怪しいものですわ――Altus Aqua深き水よ Vulneris傷を Sanationis癒せ」
「……それはどういうことですかな?」
閉じていた目をようやく動かしたマザリーニが、アンリエッタの方を向き直りながら尋ねる。
アンリエッタは入り口に佇んでいた一兵卒に向かい立ち、杓杖を掲げて目を閉じている。
兵士の傷は、既に無いようだ。ただ血に塗まみれているのみである。
「先ほどこの彼は、クロムウェル帝がかの艦隊にはおらぬとおっしゃいましたが……、今日、初めに城に訪れた急使は、撤退を始めたばかりの我らが艦隊よりの者でしたわね?」
「……ええ。然様にございます」
「では、その使いと入れ替わるように城を訪れたアルビオンの急使、彼の者がもたらしたク・ロ・ム・ウ・ェ・ル・帝・直・筆・の・抗・議・文・とは、いつ、どうやって書かれた物なのですか?」
「それは……」
即ち、事故が予定通りのものであったという示唆。
卓に着いている誰もが顔を見合わせ、言葉を失った。
彼らの心は
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