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映写機の回らない日 北浦結衣VS新型ウイルス感染症
第5話 今日、この街で映写機は回らない
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「冗談を言えるくらいに元気になったんだな」
「口は悪いですけど、根は明るいですから」と私は微かに笑いながら言う。
先輩は少し間を置いてから、あらためるように、「今日、電話したのは謝罪のことだけじゃないんだ」と言った。
「なんですか?」
「支配人に退職を告げたんだろう?」
「そう……ですね」
休館中とはいえ、知っていても不思議ではないか。
「それを知ってから支配人と話をしたんだ。あと、他のスタッフにも。こういうのは君の好きな物語じゃないかもしれないが、おれをクビにしてもいいから、北浦を復帰させてやってくれって」
「いや、それは」と言いかけた私を遮り、先輩は続ける。
「何も言わないでくれ。皆も納得してくれた。誰も北浦に出て行ってほしいなんて思ってない。支配人は『去る者は追わず』の人だから冷たく感じたろうけど、戻りたいなら、それもまた『来る者はそんなに拒まず』の人だ」
「私も『そんなに拒まず』の中に入ってますかね?」
「もちろん」
「ありがとうございます。でも、考えさせてもらってもいいですか?」
「わかった。再開に向けて動いてるが、まだ具体的なスケジュールは立ってない。こっちにも動きがあったら、逐一連絡するよ。この週末はどこの映画館も臨時休業に入るくらいの厳戒態勢だから、気をつけてくれ」
「先輩もムリはしないで」
「ありがとう。それじゃあ」と言って岸田先輩は電話を切った。
木曜日の夜、県の知事から週末は不要不急の外出は極力控えるようにとのあらためての徹底要請があった。私の街にあるすべての映画館も急遽、臨時休業のアナウンスを出した。こんなことは、この街では初めてだろう。用がなければ私も出る気はなかったが、実家にマスクが不足していると聞き、ストックのあった私の家の分を発送するために出かけた。
郵便局と買い物のついでに周辺の映画館を回ってみた。いつも老若男女でにぎわうシネコンも、年配者や本格的な映画好きが集う名画座も、カフェと併設された女性に人気のあるオシャレなシアターもすべて休館している。この日、この街では、どこの映画館でも映写機は回らない。深い悲しみを覚えた。劇場がなくてもテレビやネットで映画は楽しめる。映画自体がなくても、他に娯楽はたくさんある。アナログやノスタルジーへの固執には否定的なほうだが、それでもなんだろう、この喪失感は。
世界を覆うこの災難は、映画業界を含めたあらゆる仕事をする人に影響を与えた。その中で、それぞれが戦い方を模索している。医療等の命に関わる最前線にいる人たちとは比べられないが、娯楽産業に携わる人も奮闘中だ。私に大切な多くを教えてくれた、あの映画館も復活を目指している。以前、一緒にバイトしていた映画監督志望の赤木君は、苦労を重ね、今年ようやく、小規模ながらも初の商業
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