暁 〜小説投稿サイト〜
映写機の回らない日 北浦結衣VS新型ウイルス感染症
第1話 映画館で働くことが好きだった
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く、重要な行いなんだろう。私もその気持ちに応えたかった。だからこそ、感染リスクを極力減らすように映画館も私自身も気をつけていた。

「僕ら二人で来てるんですけど、やっぱり、隣同士では座っちゃだめなんですよね……」
「はい、大変申し訳ございませんが、すべての座席が隣り合わないように一席分の間隔を空けて、チケットを販売しております」

 私が早退した日、話しかけてきた常連の若い男女のペア客に心苦しい説明をした。サービスデーの水曜日に訪れることの多い二人は、よく一番大きいサイズのポップコーンを一つ買い、仲むつまじく劇場に入って行く。感染対策の措置に残念がるも映画は好きなのだろう、その日も一つ空けた横並びの座席を買ってくれた。

 映画館で働くことが好きだった。もちろん、映画を見ることは好きだが、マニアというほどではない。ジャンルも芸術映画や、いわゆる通好みのものより、わかりやすいエンターテイメント志向の作品がいい。映画好きが高じてというより、日常の中でわずかな時間の非日常を届ける空間に惚れたのだ。遊園地やライブハウスは私にはテンションが高すぎる気がして、映画館くらいがちょうどよかった。大学も退学してしまうくらいのだめな自分だが、映画館のバイトは三年近く続いていた。

 だから、自分が新型のウイルス感染症に罹ったことを知ったとき、なにより心配だったのは、自分の健康より、映画館とお客さんのことだった。同僚やお客さんを経由して感染した可能性など考えもしなかった。自分が他の人たちにうつしてしまっていたら。想像するだけで震えた。

「県内五十七例目となる、新型ウイルスの感染者が確認されました。新たに感染が確認されたのは、映画館に勤める二十代の女性で、現在入院中とのことです。市は女性の行動歴の確認を急いでいます。働いていた映画館は、女性が陽性と判明した翌日より臨時休館中です」

私は五十七番目の女か。

(続く)
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