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お爺さんがいなくなっても
第二章

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 老人にとって犬と庭で会うのは永遠の眠りに向かう病院での日々の中で唯一の憩いの時だった。だが。
 身体は次第に弱っていく、それで彼は言った。
「今日もだね」
「はい、今日もです」 
 看護師は個室でベッドの中にいる彼に答えた。
「申し訳ないですが」
「ここから出られないですね」
「お身体の調子が」
 悪いので、というのだ。
「ですから」
「仕方ないね、けれどね」
 それでもとだ、老人は看護士に話した。
「最後に一回でもね」
「お庭に出られてですか」
「そしてね」
 そのうえでというのだ。
「ベベに会いたいよ」
「そうですか」
「私が元気なら引き取って」
「一緒にですか」
「育てられるけれどね」
「飼い主募集していますが」
 それでもとだ、看護士は河原崎に話した。
「これがです」
「見付からないんだね」
「これも縁で」
「息子に言っても息子の家も犬を飼っていてね」
 飼える余裕がないというのだ。
「仕方ないね」
「そうですか」
「うん、ベベの飼い主が見付かるといいね」
 こう言いつつ窓の方を見る、そのすぐ下が庭で見下ろせばベベがいる筈だ。だが老人は今はベッドから出られず。
 寂しく笑うだけだった、そうして徐々に弱っていき。
 いよいよという時になって彼は看護士に我儘を言った。
「今日はね」
「お庭にですか」
「これが最後だね」
 だからだというのだ。
「だからね」
「そうですか、では」
「お願いしていいかな」
「それでは」
 看護師もわかっていた、河原崎はもうあと数日だと。それでだった。
 彼を車椅子に乗せてそうして庭に連れて行った、するとそこにベベがいてベベは彼を見るとすぐにだった。
 嬉しそうな顔で駆け寄ってきてその足元に座ってだった。
 尻尾をぱたぱたとさせる、老人はそのベベの頭を撫でつつ言った。
「ベベ、これが最後だけれどね」
「クウン?」
「ここでお前と出会えてよかったよ。看護士さん」
 今度は看護士に話した。
「この子の飼い主をね」
「見付けてですね」
「幸せにしてくれるかな」
「必ず」 
 看護士は約束した、老人は庭に日が暮れるまでベベと共にいた。この日から数日経った時老人は穏やかな顔で眠りについた。
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