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私には要も急もある 羽田涼子VS新型ウイルス感染症
私には要も急もある 羽田涼子VS新型ウイルス感染症
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外でしか結衣と会っていないから、食事をするとき以外はマスク姿の彼女しか見ていない。

「こっちは接客商売だからさ。気をつけないと。この状況でも来てくれるお客さんが本当にありがたいよ」
「マスクはいいとしてもトイレットペーパーとティッシュが不足してるのは不安だな。去年から花粉症にやられちゃったから、ちょうど時期だしね」
「花粉症の世界にようこそ」と結衣が両手を広げて、イヤミっぽく言う。映画ファンの彼女は恋愛ものよりアクション系を好む。その影響からか辛口の冗談をよく口にするが、侮辱や差別的な発言は決してしない。<F8>とプリントされた愛用の部屋着パーカーは『ワイルド・スピード』シリーズのグッズらしい。勧められて適当に一本だけ見たが、主人公は結衣が言っていた逞しい大男ではなく、ひょろひょろした高校生だった。日本が舞台の変な映画で、ナンパ男がチョコレートで日本人女性を引っ掛けようとするシーンだけはくだらなくてよく覚えている。あとで聞いたところによると、私が見た作品は番外編だったそうだ。

「あと一週間くらいはもつかな。そろそろ仕入れないと」
「テレビでは政府が『足りてる』と言ってるけど、実際無いからね。買い占めてんだよ、皆が」
「そういえば、バイトの時間大丈夫?」
「ヤバっ。シフト始まっちゃう。じゃあ、また連絡するから。不要不急の無職はまっすぐ家に帰るんだよ!」と毒づきながら結衣は店を出て行く。

「うわ、本当にない」と心の中でつぶやいた。帰宅する途中、行きつけのスーパーに寄ったが、トイレットペーパーとティッシュのコーナーはスッカスカの空だった。この状況はかなり前から続いていたのだろう。一月にたまたま、安売りセールでまとめ買いをしていたから気にもせず、紙類のコーナーを通ることもなかった。現実に空の棚を目にした瞬間、一気に不安が押し寄せた。内定取り消しは、まだ自分に就職経験がないからか、喪失感はなく、素直に諦めがついた。だが、いつも手に入れていた生活用品がいつもある場所に無い。これがもたらすショックは大きい。周辺のドラッグストアやコンビニを回るも当然無い。

 帰宅し、残量を確かめる。トイレットペーパーは残り三個と半分。ティッシュは未開封が一箱のみ。もっとあったはずなのに。夕方のニュース番組では、もちろんウイルスの状況をトップに扱っている。感染者数、死者数、一斉休校、ウイルス倒産、有名俳優が感染、大統領も感染、クラスター、パンデミック、非常事態宣言……テレビを消した。気が滅入る。私はバカだ。世の中がこんなことになっているとわかっていたのに、何もわかっていなかった。それが今日、スーパーにトイレットペーパーとティッシュがないことを目にしてようやく理解できた。気分転換に、未読で置いてあった漫画を読もうとしたが、まったく頭に入らない。それからネットで
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