第五部〈皇国〉軍の矜持
第七十七話 護州軍の進撃
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するのかといえば守原家――というよりも護州の土地柄に要因がある、護州は肥沃な土地であり、また同時に守背山地の南側を支配していた。そして良港を持ち、西領と皇都を結ぶ商業港を結ぶ大街道が張り巡らされ、さらには一種の聖地であり、寺社衆が支配する霊州とも接していた。
要するにどこからも狙われる立地であり、材木が豊富に取れ古くから流通の拠点であった、そうなると自然と職人があつまり、建設業が盛んになるのも自然な事であった。
工兵の比率の比率は駒州よりもはるかに高い。安東が駒城ではなく守原家に近しい態度をとっているのも復興に際し、実務的に護州に依存している面が多々あるからだ。
そうしたわけで〈皇国〉軍で最も新城直衛たちが作り出した野戦築城と導術の併用に興味を抱いたのは護州軍であったといえるのかもしれない――導術運用の面においても貴族階級はともかくとして町人の間では当然のごとく活用されている。(天領との競争に晒された以上、当然のことである)
将家の財政悪化により貴族主義者が増えているが、護州の重臣団の中には技術屋的な色が濃い人物は存外に多い。護州閥に中央志向が強いのは技術者としての能力(予算が多ければ多いほど投資の価値が上がる)と貴族的な思考の双方が合わさった結果ともいえる。
ある意味で、護州派閥は駒城以上に天領の自由経済政策に適合していたというべきかもしれない、少なくとも最初はそうであった。
守原英康という男の不運は天領の建設業が護州に対抗できる規模になった十五年程前に護州のかじ取りを押し付けられたことであった。
守原時康の死によって放り出された実権を引き継ぐだけの覚悟があったのは嫡男である長康ではなく守原英康であった。
「まぁそうだろうな。面倒な話の時には神沢殿の名前も借りているが前線仕事は護州がせねばらなんか」
「貸しも借りもを作っていますな若殿様は。随分と面倒を背負って賭場に向かっていますが、よろしいのですか?」
先ほどまで仏頂面だった豊地は試すような口調で定康に尋ねた。
「今更退く気はない、貴様も道連れだ」
「それもまた将の役目です、喜んで巻き込まれましょう」
豊地が満足そうにうなずくと幕僚の一人と話していた定康の個人副官が定康は歩み寄る。
「報告!敵軍行軍を早めました!併せて龍兵が蔵原方面に向けて飛び立ちました!
およそ三刻後に十里以内に入ります!」
「こちらの動きを掴んだか。龍虎湾に〈帝国〉水軍が侵入したことはなかったな」
「はい、皇嶼を経由した哨戒網を水軍が張っております。
現在も駆逐隊が哨戒中です」
「そうなると龍兵か。龍州軍の動きをも掴んでいるか?」
龍州軍も吼津に向かって主力を投入した行軍を開始する手はずだ。
「到着時刻の調整の為にあちらも集結を始めたはずです、恐らくは」
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