後編
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だから・・・。やっとひと段落ついたから、夕食でもってことでこの店に来てたのよ。」
「それはお疲れ様です。ゆっくり休んでください。」
彼が穏やかな口調で言う。
「そうも言ってられないのよ。このあと会社に戻って、また明日の準備があるんだから・・・。土日は稼ぎ時なの。のんびり休んでなんかいられないわ。」
社長はひとしきり声を張り上げた後、「まあこんなとこで会ったのも何かの縁ね。」と言って、床に置いていた紙袋のひとつを取り上げた。中には何か透明なビニールに包まれた派手な色の物が入っている。社長はそれを有無を言わせず彼に押し付けてきた。
「はい。せっかくだからイベントの景品の残りをあげるわ。映画見たら悪さしないでとっとと帰るのよ。じゃあね。」
田中社長は嵐のようにしゃべるだけしゃべると、足早に店から出て言った。
あまりの勢いに、ゆかりはとうとう口をはさむ余裕すら無かった。
「・・・あれ、田中社長よね。時価ネットの・・・。何? 知り合い?」
ようやく落ち着いてからそう尋ねると、「ちょっとね。」と彼が微笑む。
あたりのざわつきに落ち着かない感じになり、ゆかり はため息をついた。
「本当に君は顔が広いよね。テレビに出てるような人まで知ってるとは、感心するわ。」
基本的に無口で愛想がないのに、なぜかそこらじゅうに知り合いがいる。
先ほどの謎のお坊さんしかり、巌戸台駅前の古本屋の老夫婦に小学生の女の子、他校の男子生徒と一緒にいるのを見かけたこともある。
「まったく、そのコミュ力、いったいどこから来てるの。」
「さあ・・・。」
彼は軽く肩をすくめた。
「でも、最近は誰の言うことでも新鮮に感じるんだ。だから人と会うのがすごく楽しい。」
「・・・。なんか君って、ここに来た頃から随分変わったよね。まあ、良い方にだと思うけど・・・。」
「だと、いいな。」
彼はかすかにうれしそうな笑みを浮かべた。ゆかり は魅入られたようにその表情を見つめた。
不意に彼が見返してくる。
慌てて視線を逸らし、「ところで、社長から何をもらったの?」と、取り繕うように尋ねると、彼は無言で包みを渡してきた。
ゆかり が紙の手提げ袋から引っ張り出してみると、それはおもちゃの弓だった。プラスチック製の弓と矢のセットだ。矢の先に吸盤がついていて、ガラス窓とかにくっついたりする子供用の玩具だ。
「うわ〜なにこれ。いらないわ〜こんなもの。」
ゆかり は思わずあきれたように声を上げた。かなりの大きさだ。はっきり言って邪魔だ。
「あの社長、持って帰るのが面倒で押し付けてきたんじゃないの?」
「かもね。ありそうだ。」
彼が笑い声をあげた。
「これ、いったいどうするのよ?」
「天田にでもあげるよ。」
「あの子、結構大人だから、喜ばないと思うよ。」
ゆかり は呆れたように
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