消えない歌声【後編】
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和人が本当に足をとめたのかどうか、実は明日奈にもよくわかっていなかった。
ただつないでいた手の握り方がすこし変わった気がして、おもわず彼の顔をのぞきこんだのだ。
その瞬間、胸がさざめきたった。
色とりどりのLEDライトが発するクリスマスイルミネーションの七色の光。その光に照らされた和人の顔はくしゃくしゃにゆがんでいた。
そこで足を止めて、どうしたのと聞いて見ても、和人はなにも言わなかった。ただ今にも泣き出しそうな顔に胸が切なくなった。
コートに包まれた和人の腕は震えていた。寒さ以外の何かに。
明日奈は和人の腕をとって、近くのベンチに座ることにした。
そして明日奈はじっと待った。
彼がいま、なにを感じてそんな表情をしているのか知りたかった。
温暖化が進む日本で、もしかしたらそのうち目にすることができなくなるかもしれない、東京の雪をぼうっと見上げてみる。
SAOから解放され、ALOから帰還したその日、彼が迎えに来てくれたその日は大粒の雪が降っていた。
その雪を見ることができなくなるのは、すこし寂しい。
そのうち和人がぽつり、ぽつりと語り出した。
一昨年のクリスマスにキリトが彼女のために求め、絶望した話とその彼女が残した歌の物語を――。
《月下の黒猫団》壊滅の顛末はキリト本人の口から聞いていた。
だが、いま和人が口にしたクリスマスの死闘と彼女の残したメッセージについては、アスナも知らなかった。
もしかしたらキリトは意図的にさけていたのかもしれない。
手のひらを見つめる、和人の目は空虚だった。
悲しんでいるのか、悼んでいるのか、後悔しているのか、その瞳から感じ取ることはできなかった。
でも、涙を流さない彼のかわりに明日奈は泣いた。
人間の記憶の上書きなんてできないし、忘れることなどできない。
ふとした拍子に本人の意思に関わらず、記憶は浮かんでくる。
きっと突然の雪と赤鼻のトナカイがそんな悔恨の記憶をよみがえらせたのだ。
忘れられない悲しい記憶を。
――でも……。
悲しくても、その記憶はいまのキリトを構築する一部になっているはずだ。
なぜならキリトの胸の中にしかないその歌声は、きっと一番最初にキリトを導いたものだからだ。
背教者ニコラスを倒した彼が絶望のままに、迷宮区に向かっていたらどうなっていたか。
《ソードアート・オンライン》は、死を覚悟した人間にも容赦なく牙を剥く。
きっとキリトはリズベットとも、シリカともユイとも出会うことなく、暗い迷宮でひとり、ひっそりと息を引きとったに違いない。
《アルヴヘイム・オンライン》、《ガンゲイル・オンライン》で新たな友人と出会うこともなく、死んでいったに違いない。
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