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靴墨
第六章
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たやうに行き着ける。
あんなふうに貴女の家の前に座つてをり、その所はいまから我が力所だと分かつた。氣持ちが惡いときに、惡夢は我を苦しめるときに、躊躇は心に忍び込むときに、我はその所を想像する。貴女の家をも想像する。貴女をその家まで見送るのも、月は空から明るく光るのも、我等は生けるのも、我は幸せであるのも、自分自身を今のごとく怖がることが無かつたのも、あの時に貴女は鄰りに居ただけから我は自分をそんなに嫌がらなかつたのもを思ひ出す。

**年二月十六日
”今日ハ夢ヲ見テ、アソコニハ貴女ガ居マシタ。捨テラレタ形ノ完璧。背ヲ我ニ向カヒ立チヰマシタ。ソシテ、自?スルト、貴女ハ言ヒマシタ。我ニ呼ビ掛ケラレ、寛容ナル微笑ミヲシテ振リ向キマシタ。
我ハ、謙讓ニ微笑ミ、「サヤウナラ」ト言ヒマス。スルト、其ノ言葉ハ、エリコノ喇叭ノ音デアル樣ニ、我ガ世ハ痛ミカラ搖レニナリマシタ。喜スガ高スギタカラカ、アルイハ欲求不滿ヲ感ジタカラカ…。デモ其ノ後、安全ニ寢テヰル貴女ヲ見マス。貴女ハモウ、アノ悲シイ意思ヲ行ハントシテヰマセン。腹立チ我ハ呪ヒマス。
夢ハ續キガアツタカダウカ覺エテヰマセン“

あるとき彼女の父親を見たことある。物淒くて不氣味なるヤツだ。彼女の母親は本當に美しいであらうと想つた。その彼女の父親を下意識に憎しんでゐた。彼女は我に、彼に付いてなにかを言つたからだと思ふ。しかし彼女の母親を、一囘だけで見たことで姿をあまり覺えなかつたにも關はらず、警棒した。その母親の幻の面影を心の中に藏しつゞけてゐた。
そしてその母親に祈つてをり、我はあんな不思議なる熱心に、記憶にすぎないものにするのを志す貴女の命を生んだことを、感謝してゐた。貴女の棺の鄰りに立つて「娘にそんな酷いことを誰が、何のために行つたか」と考へる貴女の母の?を見たかつた。自分の娘は、實は憎らしいものであると分からずに彼女は泣いただらう。その娘の僞譱的なる實質を意識したら母親自身もそんなことを、いや、もつと酷いことを、娘に行つたかもしれぬと分からずに。そして我は、貴女の友が沈んでしまつたときに貴女と鄰りに立つてゐたと同じく貴女の泣く母親の鄰りに立ち、彼女は我が肩に泣きながら慰めを求め、我はその慰めを與へて彼女と悲しみを共にすると見せなむ。貴女は、ハーデースに於いてステュクスを通りつゝ、地下より我等を見たらだう感じたのだらうか。それだけを知りたい。その誇らしくてつじつまの合はぬ生物の他の思ひや感じを分かるのは、諦めた。
あゝまういゝ。この世には、つじつまなんか要るのか!天使の道は地獄を通つて~樣より高くなつて獸のカンカンで自分の尻と舞ひ、碎けた探照燈の光の中でジタバタする蟲に至るこの世に於いてこそよ。
拍手。
存在しない者逹は席を立つ。拍手し喜び勇んで耳に聞こえぬ聲で目に見えぬアンコールを願ふ。蟲は自
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