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靴墨
第四章
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“部屋の闇の中で反射を遊んでゐて
彼女は我の前に座つてゐる時
悲しみを通る盲の圭角で
皮膚を切る刄を我は想像する“
ナヴヤ・ンヴァル、昭和六十一年

この考へが來たのは、突然。あの時、それはたゞ考へだつた。たゞ考へたのは、もし…。すると、自らを切る刄を彼女の方に向けると想像した。罪の思ひ、蟲の邪?。
でも其後、この邪?は氣に入つた。この邪?は念頭を去ら無かつた。何故だか、だうして、我が敬慕はこんなふうに表れやうとしたのか?その問題について思ひ入りた。それは起こつたのが、我等は醫業しに亰キに行つた頃こそ。あそこでは死體解剖せねばならなかつた。冷淡の一?手前の感激。我々の醫業團は、四人だつた。我、彼女、彼女の友と、越南からのリーと言ふおかしいヤツ。彼は常に片言交じりの日本語で我等をどなり付けてゐた。或いは、我等の切り方が違ふ、或いは見方が違ふ、或いは見掛けが違ふなどから。すると、我はなぜか彼との親近を感じた。彼は叱れば叱つたほど我が胸はスツとした。ヒョツトしたら彼はこんなふうに我を、抽象的な苦しい思ひの井?から拔いて、もつと純朴で淺い井?に置いたからである。
各醫業團は、解剖臺の上に位した檢屍實習のための屍のある室を入つた時に、後ろにはなにかのパタンといふ音を聞いたらしい。扉が閇じられ、歸り道が無くなつたかのやうが、もつと深くて靜かな音で、あの大學の壁の囁きにすこし似た心安い音だつた。他の言葉を囁いてゐたらしいけど、だうせ同じ囁きだつた。
屍の顏を見なかつた。我々が切り裂くべきだつた胸郭しか被せられなかつた。さて我等は解剖臺のワキに立つて、我の前に置く女性死體の姿は、その我の鄰りに立つ彼女の姿に似てるだらうと想つた。メスを持つて彼女は少しだけゾクゾクしたゐた。我は本當に屍の顏を見たかつた。解剖を通じて我はほかの事について考へられなくて貴女がその死體を切るのだけを見てゐたほどその顔を見たかつたのだ。
その瞬閨A我は貴女の冷靜な目を見てゐて、またあんなに樂な感じがした。我は、同じく冷靜な目をして貴女を切ることを想像した。其後、我等は得意になつて血液の海で泳ぎながら、貴女は普段通り首をかしげてニヤニヤして我れがバカだと考へて見てゐる。血の最後の壹飮みを吐いて貴女はその血に滲まれた土に倒れる。そして泥に咽びつゝ其の中にはまり込む。
リーは何かの叫ぶ。「ウルサイ」と彼に言ふと、暫時靜かになる。貴女は肉體を切る事から目をそむけられぬ。貴女は我を切るのを長すぎる閧ノわたつて見てゐたから今や他の者に對してそれを行ふのを見る事が二重に快い。でも我等の前にたはる者の顏を見る望みは我が心からきえない。今日の實習の終はりを待ち遠しがる。
我々は、今日の解剖が終はつたと言はれる。續きは明日。メスを措く。白衣を?ぐ。屍を仕舞ひ込む、「ロツカー」に。我々は、死體用冷
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