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靴墨
第四章
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凍庫をさういふ。あそこではいつも凉しくていごゝちの良い。あの春の外と違つて。
冷凍庫の番號を覺えた。
我々の寮は大學の別棟だつた。寮と大學との閧ノは小さな渡り?下があつた。なんの扉や錠前が無い。忍び込みつけた、我は。また、コツソリと行つた方がいゝことを行ひつけた。あの夜、解剖室に忍び入つた。
彼女の番號は「八」だつた。
震へてゐて、此の後ろに彼女が置いてある扉を開ける。震へるのは、見つかれることが怖いからではない。あなたは醫家なら、夜閧ノ暗い解剖室の中で屍の鄰りに見つかつても何とか言い拔けられる。醫家たちは變だと皆が知つてる。我が震への理由は、其の後ろに屍と靴は等しい價値がある境を超えることであるかもしれぬ。
いや、我はたゞ、顏を見たい。今日は解剖した者を見たいだけだ。ギリギリと臺を引き出す。彼女は此處であんなふうに手を兩側に置いて夜中我を待つてゐた如く;彼女は、メスで?つ練習のための肉塊だと思はなかつた唯壹人の我を待つてゐた。壁をもたれて立つ。今こそは自分について考へる時だ。誰かが天井から我をうかゞふのは知つてる。その誰かが構ふといふわけ無いが、我を完全に見抜ける。我はいま考へれば、彼は我がしてゐる行爲を分かる。自分自身への啓示のシキミの前に。屍が搖れ、せき込んでブルブルし始めて死のマントラを鳴く。
「?げ、?げ、?げ!私を放免して!息が出來無い!」
嗚呼!
そんな美しさを死後で隱せるわけあるのか?それは腐つてしまつて、無心に動く筋に押し?されることを恐れ生ける肉體を食い込まうとはしない蟲たちの食事に成らないうちに。誠に!生ける肉體は危險だ。
あの瞬閨A彼女を戀してゐた。貴女と同じく。彼女への戀と、貴方への戀とのケジメを付けずに。彼女から全部を?いで完全な體を觀賞する。その體は、貴女の體と同じ!誓ふよ、彼女の顏を包むと、此處は貴女がたはると思考できる。でもその美しさを包むのが、せつない。明日はまた、顏を見ずに彼女を切る筈だと考えると、怖い。
彼女を戀慕した。それは純粹の戀だつた。我は死を贊美したり心のなかで感謝したりする。知つてるぜ、死は茲だと。死は聽いてゐるが、應じない。茲、その體の中に、魂の代はりに。死は我と同じく快い感じがしてる。あの瞬刻、貴女や彼女以外の他の者逹が要らないやうな氣がする。我ではない者逹と、彼女ではない者逹と皆に反感をもつ。奴等が、いま我は見てゐる完全を見るのを得なかつたからだ。ヒョツトしたら彼女が葬られる前に、全世界で彼女を觀賞する最後の者は我だ。
でもだうせ今は行かなければならない。この塲所で夜通し觀賞するのも出來るけど、今夜は睡眠が足りないと、明?來れない。今は眠い。此處、彼女の乳房の上で樂しんで眠れるが、我と彼女ではない憎らしいあの者逹は、我をそのままで見つけたら分からない。それで、我は行く。明?來ると
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