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靴墨
第二章
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いつもさうだつたといふわけない。
いつか全ては違つた。いつか我は愛してゐた女性が居た。いとしくて暖かい生きてゐる女性。
あの頃、我は大學で斈んでゐた。專門は何だつたかあまり關係が無いが、今の仕事から判斷すると、多分、醫者。(しかし課程を殆んど覺えてゐないから、全然斈んでゐなかつたらしい。)さて、あそこは彼女が居た。あら、我の前に座つてゐる。完璧。正確。生きてゐるのだ。
「私を觸らないで」、「私を見ないで」、「どけ」。
これ全ては、彼女の一見、動き、素行で讀める。
生者たちの世の中でやり塲が無い死者に読ませること;
無心に動く筋に押し?されることを恐れても仕方なく蟲は注意して蠢動してかじりつゞける。蟲は、多分無理な目的としての生きてゐる肉體を選んだと分かつても、だうせかじりつゞける。彼女との對談はたゞ、もう一度いたましく噛んでみるための切つ掛けだ。
「觸らないで」
「觸らないで」つて…
あゝ、唯の觸りで限るのは、我にどんなに難しい事であるのを貴女が一瞬でも感じてさへゐれば、感歎して我を抱きしめただらう!
怪我をしたか、病氣になつたか――
「私のこと、心配しないで」、「私の傷について思はないで」、「私の方に息をしないで」、「くたばれ」つて…

誰ニモナイ手紙
“アノ夢ヲマザマザト覺ヘテヰマス<…>。アソコハ、貴女ノ親友ガ居マシタ。ゴ存ジノ通リ、彼女ハ我ガ友デモアリマス。サテ、沈ンデヰマシタ。我ト彼女。我等ハ淵ニ居マシタ。水ハ暗カツタニモ關ハラズ、彼女ノ顏ヲハツキリ見テヰタト覺ヘテヰマス。ソノ水ノ深クニ我等ハ咽ンデヰマシタ。
浮カナケレバナリマセンデシタ。一生懸命ニナツテ我ハ上ガル事ガ出來マシタ。アノ水ハ、或イハ冰ニ、或イハ何カノ部屋ノ床ニ被セラレ、浮カビ上ガル穴ヲ探シ出サネバナラナカツタンデス。
ソレヲ探シ出シテ我ハ助カツタ。彼女ガ、助カリマセンデシタ。
彼女ニ助ケヲ求メラレテ、我ハ助ケテミタカノヤウガ、デキマセンデシナ。罪惡感ニ苦シンデヰマシタ。或イハ助カル事ガ出來無カツタ爲カ、或イハ彼女ヲソノ水ニサソイ込ンダ爲カ、分カリマセンガ、彼女ハ沈ンデシマヒマシタ。
貴女ハ悔ヤミマシタ、我モ悔ヤミマシタ、我等ノ友ノ死ヲ。我等貳人ダケガソノ悔シミヲ共ニシマシタラシイ。我ダケ貴女ヲ分カツテヰマシタ。貴女モ、我モ、裸デシタ。
貴女ハ我ニ抱キシメラレタガリマス。我ハ抱キシメマス。<…>貴女ハ我ガ肩ニ泣キ乍ラ我ハ貴女ト悲シミヲ共ニスルト見セマス。デモソノ瞬閭リ我ハモウ不幸ヲ感ジナイノデス。ソノ代ハリ、貴女ハ我ト一祉j居マスカラ、我ハ貴女ト一祉j居マスカラ、歡喜ヲ感ジマス。一祉jナツタ理由ハモウ、大事無イデス。
彼女ハ死ンダガ、我ハ悲嘆シマセン。ダツテ、死ンダオカゲデイマ貴女ハ我ニ慰メヲ求メルノデスカラ。
ソノ慰メヲ、我ハ貴女ニ與ヘマス
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