第一部北領戦役
第二十話 季節は変わる
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顔を緩めたのを見て豊久は嫌そうに頬を攣らせた。
「君も存外、情に厚いのだな」
苦渋の末とはいえあの作戦を指揮出来た人間が、とは口に出来ない。
それを頼みとしたのは笹嶋達なのだから。
「何ですか、存外って」
口を歪め、馬堂中佐は視線を笹嶋から外し、海原へと向ける。
「まぁ、なんです。折角の縁は吟味して大事にしたい、と思っているだけですよ。
特に水軍の方とは中々、縁がありませんので。」
其方も同じだろう とでも言いたげな視線を寄越す。政に話題がすり替えられた事は無視して笹嶋も笑みを浮かべる。
「確かに、縁は大切にしたいものだ、私も同意するよ。
それで君は何をするのだ?」
「却説、如何しましょうか」
そう言って将家の跡取りは愉しそうに嗤う。船酔いで青い顔に海に映えた光帯が複雑陰影を作る。
「――まぁ、そうは言いましても所詮は譜代の家臣です。
主家次第、ですな。戻れば面白い立場なのは否定しませんがね。
それに――」
波で船が僅かに揺れると再び蒼白になった顔で言う
「今は動かない地面でゆっくりしたいです――本当に」
ふらりと船縁に寄りかかり――後は割愛させていただく――副官の様な事をしている少尉が迎えに来た時には相応の見栄をどうにか取り繕っていた事は彼の名誉の為に言っておこう。
四月 二十四日 午後第八刻 〈畝浜〉内士官用船室
杉谷善次郎少尉
「駄目だ・・・甲板に行かせてくれ。」
寝床に伸びた大隊長が呻くが、彼の面倒を観ている杉谷少尉は溜息をつき、窘める
「大隊長殿・・・夜間は甲板に出るのは禁止だと水軍から言われているでしょう。」
そう言われて再びゆっくりと寝床に寝そべった馬堂中佐は再び呻く。
「ただでさえ、俺は船に弱いが、この船の熱水機関は、酷い揺れだ。
帆走に、切り、替わってくれて良かった。」
船が帆走に切り替えてからは、船に弱い馬堂豊久陸軍中佐殿は甲板の隅で潮風を浴びながらぐったりしているか、部屋でぐったりしているか、の二通りの行動しかしていない――即ち、一日中ぐったりしているのである。
「無闇矢鱈と甲板に出たがらないで下さいよ、兵に手を抜かせるのは云々と言ってた当人が帰り際に波に攫われたなんて笑えませんからね」
西田がそう言って小さく声を上げて笑う。二人共、兵の様子を見て回った後は何となく豊久の所に入り浸っている。
「下手に籠もって船室で吐くよりはマシだ。早く地面に戻りたいよ。
何なら龍州で下ろしてくれても良かった位だ。いっその事、衛浜から駒州に帰してくれないかな。
向こうの屋敷で一泊して、皇都に――あぁ」
憂鬱そうに溜息をつく。
――船酔いだけでなく、北領での事を思い出すのも辛いのだろう。
その程度の察しがつく位には、杉谷も西田も上官のことを理解
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