第4楽章〜小波の王子と雪の音の歌姫〜
第35節「道に迷う者、導く者」
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ただの自己満足だ。立花のように、心の底からそうしたいからというよりも、あの日の自分とはもう違う事を実感したくて、手を伸ばしている。それが俺だ。
……やっぱり僕が手を伸ばしているのは、あの日の立花の幻影に向かって……なのかもしれない。
つまりそれは、あの日を乗り越え前に進んだ今の立花に対する自分自身が、未だに憐憫を以て彼女と接しているという事だ。
「……浅ましい男だな、俺は……」
「随分と浮かない顔だけど……悩み事かな、少年?」
聞き覚えのある声に、咄嗟に振り向く。
そこに立っていたのは、今朝、洋菓子店で出会った男性だった。
「あなたは、今朝の!?」
「偶然だね。まさかこんな早くに再会できるなんて」
「今朝はどうも……。姉も喜んでましたよ」
「それはよかった。今頃病室で食べているところかな?」
そう言って爽やかに笑う男性は、院内なのに何故か真っ黒なサングラスを掛けていた。
「それで少年、悩み事だろう?折角の美丈夫が台無しだぞ」
「それは……」
「聞かせてくれないか?彼女の定期検診が終わるまで、少し暇があるんだ」
そう言って男性は、自販機からいちごミルクを購入すると、ストローを刺した。よく見ると、薬指には銀色の指輪が嵌っている。彼女……というのは、きっと婚約者だろう。
「どうしてそこまで?今朝出会っただけですよね?」
「出会いとは一期一会。沖縄には『いちゃりばちょーでー』という言葉もある。一度会ったら皆兄弟……それだけの出会いでも、俺には充分な理由なんだ」
たった一度出会って、偶然また会っただけの俺を心配して、こうして相談に乗ろうとしてくれる。
この人は何処までもお人好しな……いや、もしかしたらこの人も立花と似たもの同士なのかもしれない。
それなら、断っても余計に心配されるだろう。それに、この胸のもやもやした感情を姉さん、特に立花に漏らす訳にもいかない。だったら、彼に聞いてもらうのが一番いいだろう。
そう思った俺は、彼の提案を受けいれる事にした。
「わかりました。それじゃあ、聞いてくれますか……?」
「どうぞ」
「……っと、その前に、お名前をお伺いしても?」
「え……ああ、名前かぁ……そうだな……」
そう言われるとその人は、一瞬困ったような顔をする。
暫く考え込むと、やがて決心したように溜息を一つ吐いてから笑った。
「仲を継ぎ足し、千の優しさで人々を包む男……仲足千優だ。誰にも言うんじゃないぞ?」
「……え!?まさか、あのスーツアクターの!?」
サングラスを外し、素顔を見せると人差し指を口元に当てる千優さん。
まさかの有名人登場に、俺は困惑のあまり言葉を失った。
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