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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第七十一話 冬に備え、春を見据えよ
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多い。そのように扱われるのは心外ですぞ」
 事実である、そしてこれこそがこの老人が只者ではなく、帝室直轄領を支配する副帝を二代にわたって悩ませる手腕を持っていることの証拠である
 その理由は極めて単純である。まず東方辺境領軍は兵、下士官の多くが北方蛮族、東方蛮族と呼ばれていたような人間が大半を占めている。そして軍の民族構成はそのまま銃後の社会に反映される。

「殿下、お判りでしょうが我々は東方辺境領、ひいては帝室の安寧に“伝統的”に身を捧げておりますぞ?
そしてそれは今も“変わらない”のです、お分かりいただけるでしょうか?」
 メレンティンは神妙な顔で目を伏せる。ユーリアも言葉に詰まる。
――そう、〈帝国〉の箍を作り上げたのは拝石教、宗教だ。徹底した宗教面の同化政策こそがその〈帝国〉の民としての意識の源泉の一つである。悪名高い宗教純化運動も反腐敗が発端であったがこれを機にロッシナ朝の権力の根源である東方辺境領の『〈帝国〉化』に使われたのは公然の秘密である。天龍崇拝の導術宗教を徹底的に攻撃し、石神とその祝福を受けた皇帝に権威を統一したことで東方辺境領の安定(と蛮域の抵抗強化)が齎された。
 ここが肝である『石神』と『その祝福を受けた皇帝』なのだ。
 〈帝国〉全土を統括する宗教組織、拝石教総宗庁は表面上〈帝国〉政府に属しているが収入は独立しており、独立した司法権すら所持している。


 東方辺境領――それも蛮域に接している田舎では純化審問官は未だに恐怖の象徴である、しかしながら本領から植民された人間が多い経済、政治の中心地域では全く素直に心から頼っている者達すらいる。否、彼らにとっては辺境の蛮族を〈帝国〉民の端くれへと“教化”した頼もしい信仰家なのだ。事実、最も苛烈に純化運動を進めたのは西方、東方の植民された本領民達――農奴だの小規模自作農といった辺境と都市の狭間に生きる人々であった。
 そうでありながら東方辺境領軍において従軍司祭団は非常に高度に組織化されて活動している。
 何故ならばこの時代においてはどこの軍隊でもそうであるが〈帝国〉において軍隊とは下層民に最も開かれた教育機関であり――そして下層民への〈帝国〉的な教育を最も必要としているのは東方辺境領だ。

 東方辺境領においてこの府主教と公然と対立すれば――社会不安と本領からの介入といった形で反撃が帰ってくる。
 しかしながら彼に味方すれば今度は宗教による保守派の主導権を奪われ、この老人を通じた総宗庁の権限拡大が進むことになる。居なくても困る、居ても困る、東方辺境領は全土帝室直轄‥‥といえば聞こえが良いのだがその集権体制を維持するコストは膨大であり、累卵の存在なのである。

「――しかしながら戦時という事でしたら殿下、いえ東方辺境領軍総司令官閣下の御判断に逆らうのも筋
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