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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第七十一話 冬に備え、春を見据えよ
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 帰れ!!と叫びたくてたまらない。後目を逸らしたメレンティンの尻に疑剣を叩き込みたくて仕方ない。
 どちらも鋼の理性で抑え込む。落ち着け、落ち着け、自分は〈帝国〉帝室だ。東方辺境領姫だ。
息を喫って、吐いて。よし、いい子だ。話を続けよう。

「殿下!ノルタバーンにおける布教についてですが!!」
朗々とした声で叫ぶのは分厚い眼鏡に長い髭を生やした東方辺境領府主教、エプレボリである。年は既に70を迎えようとしている。
先副帝――父よりも年上だが未だに矍鑠としている。そして父が会うたび顔色が悪くなる男だ。子供のころの自分には優しく、時に細やかな子供の相談にも笑顔で乗ってくれた。あの頃にはぼんやりとしか理解していなかったが、この老人は東方辺境領北部大主教・東方辺境領東部大主教を従える東方辺境領における拝石教の首領だ。〈帝国〉全土を統括する拝石教総宗庁に座する総宗主教と西方諸侯領府主教に次ぐ地位を持っている。
西方諸候領出身だが元は北方蛮族と呼ばれていた海賊と商人の合いの子のような民族の一門出身である。兄は伯爵として将校稼業をしており、次男である目の前の男は聖職者の道を歩んだ。共通するのは二人とも南冥水軍を悩ませた資質のうち、勇武ではなく商人と開拓者としての資質が色濃く受け継がれたことだ。

「府主教座下、まだ聖職者の安全な行動は確保できてないわ。辺境領の統治者として、まだ認められないの」
 ユーリアは真剣な口調で訴えた。
 この老人は教義には厳格であり――信者には温和で寛大であり――本領から東方辺境領に赴任してからその信仰の在り方は全く揺らいでいない。
 つまるところ――
「しかしですな殿下!!ここの蛮族共はいまだに背天ノ業を信仰していると!!
あの蜥蜴擬きの崇拝が残っていると儂の耳にも届いておりますぞ!!早急な対処が必要ですぞ!!
このエプレボリ、必要でしたら純化審問官を再編成しましてノルタバーンを“〈帝国〉化”いたします覚悟!!」
 クワッと眼鏡越しでも分かるほどに目を見開きながら言った。無駄に白い歯と歯茎も見える。怖い、怖い。
 ――これだ。これがまずい。何しろこの老人は東方辺境領の〈帝国〉民における絶対的な宗教指導者だ。そして本領の拝石教総宗庁に忠実であり――ユーリアの統治方針にとって必要不可欠でありながら頭痛の種となる存在なのだ。
 そして東方辺境領副帝家が二代続けて完全な制御を諦める程の狸爺だ。そうでなければ蛮族の産まれが宗教界の出世の階段を上り詰め詰めてその頂の二段前にいるはずがない。

「座下、今はまだ戦時だ。軍が全てを取り仕切る。やるにしてもこの国を完全に制圧してからにして欲しい」
 
「ですがな、殿下。我ら府主教府は常に〈帝国〉の民心安定の為に尽くしてまいりましたぞ?
前線で兵と共に戦っている聖職者も
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