暁 〜小説投稿サイト〜
呉志英雄伝
第八話〜胎動〜
[6/7]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
将もみな同じ考えだろう。何せ当面の敵である劉表の膝元である襄陽を通るからだ。まだ悟られるような動きをしていないはずではあるが、そもそもの仲が険悪なのである。
何が起ころうと不思議ではない。


「用心するに越したことはないな」


桃蓮の呟きはその場にいる全員の気持ちを代弁したものだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――





「フン」


男は気だるげに目の前の大河を眺めていた。
男の名前は黄祖。その武勇は非常に高く評価され、かつては孫権の副官まで務めるまでの者だった。しかし生来の高慢な性格が災いし、結果今は長江を挟んで江陵の対岸に位置する公安港の守りへと左遷された。


「退屈な日々だ」


そう漏らすのは無理もない。
公安港は長きにわたる因縁がある劉表と接する土地柄、孫呉にとっては重要な拠点となっているが、その実付近には村や街などはまるでない。
要するに娯楽がまるでないのだ。その点を考慮すれば黄祖の漏らす愚痴はやむを得ないことであるのは承知いただけるだろう。


「それもこれも全てはあの男のせいだ…」


周りに人がいればその耳に届くほど、強く噛み締められた歯。それほどまでに深い怨恨、強い憎悪を向けられる相手とは


「許さぬぞ、朱君業」


孫権の副官ということは、呉における王族の側付きである。位の高さとしても重臣級とまではいかないまでも、それなりの地位であった。
そして姫君の副官ともなれば、当然戦に出る機会も、活躍する機会も、何よりその活躍を君主の眼に焼き付ける機会も存分にあるというものだ。
そもそも桃蓮が何故蓮華にこの男を付けたのかは、前にも述べたとおり蓮華の慢心を取り除き、そして江の力を示すためであったのだが、当然黄祖本人は自らがダシにされたことを知る由もない。
そうなると、黄祖から見れば、突然付けられた副官に出番を掻っ攫われ、更には自分を蹴落とされたと錯覚してもおかしくはない。


「賊上がりの下賤な身分の者が…」


かつて夕が江に聞かされた暗殺者の話。そのうちの一度は黄祖によって仕組まれたものだった。当然江が生きているということはその暗殺は失敗に終わったということだが。
というわけで、黄祖の江を恨む理由には事欠かないということは分かってもらえたと思う。


「っ!誰だ!!!」


不意に黄祖は振り向き、怒号を上げる。夜となり、すっかり暗くなった辺りをかがり火が照らすなか、暗がりからザッザッと足音を響かせ、人影は近づいてきた。
闇に紛れるためであろうか、黒い外套を深々と被り、そしてその者は黄祖の構えた剣の射程距離ギリギリで立ち止まる。



「黄祖殿とお見受けする」

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ