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呉志英雄伝
第八話〜胎動〜
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ある。各々の勢力は各々の砦へと逃げ帰っていった。
統率のとれていない賊というのは存外脆いものであり、一人が戦場に背を向ければ、連鎖反応で次々と離脱する。それは賊の頭がいくら止めようと、黄河の洪水を100人で抑えようとするようなもので不可能なのだ。
逃げだした集団を、近くに伏せていた孫呉の兵200が明命の指示のもと追撃する。もう一方の集団は江によって追撃される。

必死になって駆ける。振るう。慟哭をあげる。
ただただ生にしがみつこうと躍起になる。だからこそ気付かなかった。


自分たちが寄る辺としている砦に『誘われて』いることに。


孫呉の兵の追撃は緩慢とも言えるものだった。優れた指揮官が賊のほうにいれば、この違和感の正体に気が付いたかもしれない。
しかし敵は生き残ろうと必死、更に数だけが頼りの集団。この緊急事態において、どうして己の命以外のことを考えようか。
江が担当する集団も、明命が追尾する集団も、砦の門が仲間を全て呑みこむと同時にその口を固く閉ざした。そして大損害は受けたものの、自分の身が無事だったことに心から安堵した。



「全く…無知とは恐ろしいものです」


「自らが棺桶にその身を横たえたというのに」


明命と江、二人ともまるで別の場所にいるというのに、連綿として言葉が続く。


『合図を』


違う場所にいる二人の声が重なった時、それぞれの砦から大火が生じた。
固く門を閉ざしたのが災いした。冷静を失った者たちが殺到する門はついぞ開かれることはなかった。
炎は砦を焼き尽くし、後に残ったのは人間の焼けこげたにおいと、もはや何であったか判別の付かない燃え滓だけだった。



この戦いは江の機智を周囲に知らしめる戦いとなり、江の名前は南荊州に広まることとなった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――





「そうかそうか」


玉座に座し、書簡を目にして満足げな笑みを浮かべるのは、いつぞやの老翁。
もたらされた報告は彼の意に沿うものだった。


「本来なら乱に乗じて討つ計画だったが…」

「はい、これで大義をも手に入れることが出来たというものです」


以前?良と呼ばれた男もそれに応じ、口角を吊り上げる。
玉座の間には剣呑な空気が流れていた。


「それにしても急いたな、小娘」

「急かしたのは一体誰でしょうか?」


呟く老翁―劉表―に問う?良。
老翁は表情そのままに答えを返した。


「はて、何の事だか分からぬな。ただ『偶然賊が孫呉の領土へ流れた』り、『偶然一族や豪族が離反した』ことはあったのう。いやはや、そう考えると致し方ないと言えば致し方ない、か」


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