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戦国異伝供書
第五十五話 足利将軍その十

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「忌まわしいことでしょうが」
「身内で殺し合うという」
「そうしたことは」
「何があろうとも」
「繰り返してはなりません」
 これが輝虎が思うことだった。
「戦国の世では多いですが」
「そうですな、武田家にしましても」
 この家も源氏である、甲斐源氏の名門だ。
「親子で、でしたな」
「はい、確かに」
「左様でしたな」
「武田殿はお父上を追放されています」
「駿河まで」
「お命は奪っていませんが」
 しかしというのだ。
「それでもでしたね」
「はい、あの様にです」
「追い出されています」
「お父上であり武田家の主であられましたが」
「その様にされています」
「これは不孝の極みです」
 言うまでもなくというのだ。
「許せないことです」
「信濃を攻めたことと共に」
「このこともですな」
「武田殿の許せぬこと」
「殿にとっては」
「例え暴虐の人であろうとも」 
 信虎の評判の悪さについても言及した。
「しかしです」
「親は親ですな」
「そのことは変わりない」
「だから孝を尽くすべき」
「それが子のあるべき姿ですな」
「それをされなかったことは」
 まさにというのだ。
「不孝の極み、是非武田殿にはお父上を甲斐に戻されて」
「そうしてですな」
「その不孝を詫びられる」
「それがよいですな」
「何といっても」
「わたくしは武田殿のお命は求めません」 
 実は川中島で会った時に心に惹かれるものがあった、尚これは相手である晴信にしても同じである。
「ですが」
「過ちは正される」
「そうされますな」
「信濃のこととお父上のこと」
「その両方を」
「そう考えています」
 このこともというのだ。
「そしてそのうえで」
「お考えもですな」
「あらためて頂き」
「そしてそのうえで」
「殿と共に天下を」
「はい、それはどうやら織田殿もですね」
 都ですれ違った彼もというのだ。
「傾奇者という珍妙なご趣味だけでなく」
「どうもですか」
「あの御仁にしても」
 信長はというのだ。
「野心がおありですね」
「尾張だけでは終わらない」
「より多くの国を求められる」
「武田殿の様に」
「むしろ武田殿以上にです」
 さらにというのだ。
「野心がおありで天下ですら」
「まさか」
「幕府を倒してですか」
「ご自身が天下人になられる」
「そう思われていますか」
「わたくしはそう見ています」
 擦れ違っただけだ、だがそれだけで輝虎は直観で察していたのだ。信長のそのあまりにも強い心を。
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