第五十五話 足利将軍その六
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「武田殿が信濃に攻め入りです」
「己がものとしているからだな」
「それを正すべくです」
「兵を出しているな」
「そうしています」
その通りだとだ、輝虎は義輝に答えた。
「関東を正すこともしていますが」
「信濃もですね」
「そうだな、だがな」
「武田殿はですか」
「あの者は幕府を脅かせるか」
それが出来るかというのだ。
「それは」
「そのことは」
「あの者は代々甲斐を治めているな」
「甲斐源氏として」
これは家宝にも出ている、源氏の八つの鎧のうちの一つをそうしていることが何よりの証であるのだ。
「そして甲斐の守護にもです」
「幕府に任じられている」
「左様ですね」
「幕府なくしてだ」
「武田家の権威もないですか」
「その武田家が幕府を脅かすか」
自分にとって代わるかというのだ。
「果たして」
「それはです」
「ないな」
「はい」
その通りだとだ、輝虎は答えた。
「それは」
「そうだな、確かに信濃のことはな」
「幕府の命に逆らう所業です」
「その通りだ、だがあの者とはな」
「信濃を小笠原殿、村上殿に戻したうえで」
「そしてだ」
そのうえでというのだ。
「武田家とはな」
「ことを収めよと」
「そうせよ、若しくはそなたに任せる」
輝虎にというのだ。
「関東管領であるそなたにな」
「では」
「あの者との手打ちもだ」
それもというのだ。
「しておくのだ」
「ですがそれは」
「出来ぬか」
「信濃は信濃の方々のものです」
このことは絶対だからだとだ、輝虎は義輝に答えた。
「ですから」
「信濃を戻すまではか」
「関東と同じです」
「そうか、だが民と国はな」
「荒らし悲しませるなと」
「そのことは頼む、やはりそなたにな」
信濃つまり武田家のことはというのだ。
「任せる」
「それでは」
「そなたに会えてよかった」
義輝は微笑んでこうも言った。
「実にな」
「そう言われますか」
「先程の織田にも思ったが」
「あの御仁にも」
「天下は治まるやもな」
「戦国の世が終わりますか」
「そうとも思った、だからな」
それ故にと言うのだった。
「余は望みも持った」
「天下泰平に」
「今は夢に思えるが」
「その夢がですね」
「必ず適う」
「その様にですか」
「思えてきた」
こう輝虎に言うのだった。
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