第三章
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「榎本喜八です」
「あんた引退したよな」
野球ファンの一人がその榎本に問うた。
「そうだよな」
「はい、そうです」
「それで何で走ってるんだ?」
「身体を作る為に」
「身体を?」
「引退しましたけれど」
それでもというのだった。
「打撃コーチになった時を考えまして」
「それでか」
「はい、コーチになれば」
その時はというのだ。
「野球技術にです」
「体力か」
「身体も必要だからか」
「そんなに走っているのか」
「はい、家からここまで」
「家!?」
家と聞いてだ、ファンのうちの一人が驚いて言ってきた。
「家か」
「はい、わしの家から」
「あんたの家は確か」
そう聞いてだ、そのファンは言うのだった。
「ここから二十キロはあるだろ」
「そこからここまで来て」
そしてとだ、榎本はそのファンに平然と答えた。
「走って戻っています」
「往復で四十キロだぞ」
「おい、それじゃあマラソンじゃないか」
「殆どそれだぞ」
「マラソンをしてるのか」
「一日おきに」
他のファン達も口々に驚きの声をあげたが榎本は彼等にも話した。
「そうしています」
「一日おきにマラソンか」
「そんなことをしているのか」
「何てことをしているんだ」
「現役絵もそんなトレーニングしている奴はいないぞ」
「確かにあんたは凄く練習熱心だったが」
それは球界でも有名だった、それこそ金田正一や王貞治にも匹敵するかそれ以上ではないかと思われる位にだ。
「今もか」
「ですからコーチになった時に備えて」
「家から走ってるのか」
「そうしています」
往復で四十キロをというのだ。
「一日おきに」
「凄いものだな」
その話を聞いた誰もが思って言うことだった。
「それはまた」
「そしてコーチになって」
榎本はそれからのことも話した。
「必ずいい働きをします」
「あんたの打撃理論と体力でか」
「そのつもりです、じゃあ」
ここまで話してだ、そのうえでだった。
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