第四章
[8]前話
「それは出来ない」
「この帝国の各地を回られ」
「戦にも出られる」
「そうしなければならないからですね」
「だからですね」
「母上のお傍にいられない。母上は朕のただ一人の母上だ」
それに他ならないというのだ。
「だから大事に思っている、だからな」
「明日もですか」
「お見舞いをされますか」
「そうされますか」
「そうする、この王宮にいる時はな」
皇帝カール五世はこう言ってだった。
次の日もその次の日も子として女王を見舞った。だがそうした歳月が長く続き遂に女王が狂気に陥ったまま世を去ると。
皇帝は玉座から落胆しきった顔で言った。
「朕はかけがえのないものを失った」
「女王を」
「そう言われますか」
「そうだ、母上を失った」
こう言うのだった。
「たった一人の方をな」
「左様ですか」
「そう言われますか」
「この度は」
「丁重に。女王としてだ」
即ち最高の礼を以てというのだ。
「弔ってくれ」
「わかりました」
「その様に致します」
「女王を」
「母上はこれでだ」
落胆しながらも何処かほっとした様な声でだ、皇帝はこうも言った。
「父上のお傍にだ」
「常にいられる」
「そうなるのですね」
「これからは」
「長い間苦しまれたが」
それがというのだ。
「ようやく終わってだ」
「それで、ですね」
「安らかに眠られるのですね」
「これより」
「そうなる、だがそれでもだ」
皇帝はまた落胆の色を濃くさせて述べた。
「朕はかけがえのないものを失った、このことはだ」
「変わらない」
「そうだというのですね」
「そうだ、母上は狂っておられたにしても」
それは事実だ、だがそれでもというのだ。
「しかしだ」
「それでもですね」
「あの方は」
「母上だった、朕のな」
このことは事実だったというのだ。
「それ故に今思う、そして母上を失い」
「悲しまれているのですね」
「この通りな」
すっかり気落ちした声だった、それが何よりの答えだった。かくして皇帝は女王を手厚く女王として夫の横に葬らせた。
狂女ファナの名は今も残っている、ハプスブルク家の繁栄の中に。この家が隆盛していく中でこうした女性がいたとしてだ。だがその彼女を子であるカルロス一世が大事に思っていたことはあまり知られていない。例えどうであろうとも母は母である、それ故の深い愛情を持っていたが故に。これもまたハプスブルク家の繁栄の中にある話である。
狂女 完
2019・2・13
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