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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──
緋が奏でし二重奏 W
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悲劇(トラジディ)の幕開けは、まさに禍殃(かおう)そのものだった。これほどなまでに静静としているものだと、それを感ずる余裕すらもまた持ち合わせていなかった。
瞳が捉えた光景は、既に《明鏡止水》のそれではない。そうであるのにも関わらず、これほど清澄なのは何故だろうか──それを模索する余裕だけは、何とか持ち合わせているらしい。

空疎な赤紫色の瞳は、瞳孔が僅かに開きかけている。少女さながらの華奢な身?を震慴させていて、その震撼を追うように、口元から吐息と紅血とを洩らしていた。それらが雪肌を滾々(こんこん)と滴下していくたびに、一雫また一雫と床を鳴らして、小さな血溜まりを創成する。
制服の胸元は、悠々とその繊維を紅に染められていった。《緋想》の刀身と繊維とが段々と同色を帯びていく。どうやら自分の知らぬ間に、非常灯が紅く灯されていたらしい。それが何だか、彼女の先を暗示されているように思えて仕様がなかった。そうにしか、思えなかったのだ。

ただ茫然自失とするだけで、何が口を衝くわけでもない。視界が厭に清澄なだけで、本来ならば聴こえるはずの脈搏とか、吐息とか、果ては体温すらも感じなくなってきた。頭上から何かが降りてきて、茫然が更に茫然として初めて、血の気が引いていることだけを自覚した。自分の意識が、何処か遠方の果てに薄れかけているのを呼び戻したのが、理子の声だったのだ。


「……あーあ、心臓から逸れちゃった。つまんないなぁ。でも、よく避けたね」


磊落な調子を表層に帯びながら、その裡面に嘲謔を秘めた笑みを、彼女は零した。そのまま髪を操ると、アリアの胸元──心臓のあたり──に刺突した《緋想》を引き抜く。疼痛を堪える彼女の声が嗚咽のように洩れるたびに、哀傷が層、一層と胸臆に浮かび出てきてしまった。
紅血が幾つもの血珠になって、彼女とこの虚空とを緋色に彩っていく。心臓の位置とは僅かに逸れた傷口からは、未だ滔々(とうとう)と紅血が溢流(いつりゅう)していた。

どうする──ここは2択だ。負傷したアリアの身を優先して、《境界》で撤退を図るか。……いや、駄目だ。どちらにせよ自分が残らなければ、この飛行機の乗客員はどうになる? ここまで追い詰めた理子の手助けをするのは、やぶさかだ。これが最後の機会だと思っていいだろう。

では、アリアだけを《境界》で武偵病院へと搬送しようか──これが今の自分の執れる最善手だろう──などと懊悩(おうのう)していると、途端に赤紫色の瞳と視線が合った。傷口を掌で押さえながら、やっとのことで肩息をしている。いつにも増して眦が上がっていて、眼光炯々としていた。自分の思考などは全て、彼女のそれに見透かされているようだった。

どうすればいい──? 武偵として活動をしてきて、これほどなまでに執拗な狼
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