431部分:夏のそよ風吹く上をその十四
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夏のそよ風吹く上をその十四
「そして未晴は私の娘です」
「そうだったのですか」
「それで貴方は」
今度は彼女の方から正道に尋ねてきたのだった。
「どなたでしょうか。未晴のクラスメイトと仰いましたけれど」
「音橋です」
彼は素直に名乗ったのだった。
「音橋正道です」
「あっ、貴方がですか」
彼女は彼が音橋正道だと聞いて急に表情を変えてきたのだった。強張り緊張したものが一気に消えて笑いはしていないが普通の顔になった。
「お話は聞いています」
「お話といいますと」
「未晴がいつも言っていました」
言葉が過去形になっていた。
「娘がいつも」
「そうだったんですか」
「ええ。言っていましたから」
ここでも言葉は過去形だった。正道はこのことに妙な違和感を感じていた。
(おかしいな)
心の中で思った。ここでまた。
「それではですね」
「あっ、はい」
彼女の方から言ってきた。それに応えて顔を向けるのだった。
「ドーナツ有り難うございました」
「はい」
「本当に娘によく言っておきますので」
ぺこぺことかなり恭しく。言ってきた言葉だった。
「今日は本当に有り難うございました」
「はい。ではこれで」
母親に対して礼儀正しく応える正道だった。
「お邪魔しました」
「未晴はですね」
不意にこう言ってきたのだった。
「今はですね」
「今は」
「ええと・・・・・・」
今度いは俯くのだった。どうにも微妙な様子だった。
「また元気になりますから」
「そうですか」
「ですから待ってやって下さい」
正道は今の言葉も妙だと感じた。ただの風邪にしてはやけに物々しい、こう感じたのである。
それを言葉に出さないでいると。また言ってきたのだった。彼女の方から。
「では今日は」
「はい」
「有り難うございました」
先程と同じやり取りであった。
「それではまた」
「はい、また」
こうして別れていつも歌っている駅まで行った。そこでいつものようにストリートミュージックを行った。こうしたことを余裕があればずっとするのだった。
一週間経った。しかしだった。まだ未晴はなおっていないというのだ。
「まだですか」
「すいません」
いつも彼女の母親が出て来る。そしてこう申し訳ない顔で述べるのだった。
「風邪をこじらせたみたいで」
「こじらせた」
「いえ、そのですね」
ここでも戸惑った顔で正道に言ってきたのだった。
「あれなのですよ」
「あれとは」
「熱が下がらなくて」
こう彼に告げてきたのであった。
「まだ起き上がれないんですよ」
「そうですか。まだですか」
「はい。すいません」
今度は謝罪もしてきたのだった。何か申し訳なさそうな顔であった。
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