ちょっと変わったお姉さんが少年と旅行に行くお話
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をかき抱き、胸に抱きしめ、髪をそっと撫でながら、女が寝物語を語る。
「少年、クルト・ヴァイルを知っているか」
「いいえ」
「ドイツの作曲家だ。そのヴァイルが作った曲、『ユーカリ・タンゴ(Youkali Tango)』」
「……はい」
「その曲にフランスの作詞家、ロジェ・フェルネが歌詞を付けた」
少年は彼女の大きな胸に顔を預け、女の放つ甘い香りを嗅ぎながら、女の鼓動を感じながら、黙って独り語りを聞いている。
「そこで歌われるYoukaliとは、地の果て、海の果てにある理想郷の島。……そして、どこにも存在しない島」
「……」
「それが、私の名の由来。――私はね、この世の果ての、ありえない理想郷なんだ、少年よ」
「……僕、絶対に、理想郷(そこ)にたどり着いて見せますから」
「頑張れ」
女が哀切な短調の曲を、小さな声で、流暢なフランス語で歌い上げる。
少年は黙って、そのか細い歌声に耳を傾けていた。
女の切ない歌が終わる。
女の瞳と、少年の瞳が、月の光にわずかに照らされる和室の中で、星のように輝く。
その輝きが消えると、くちゅ、ちゅ。……唇の触れ合う、湿った音が部屋に響いた。
「おやすみ、少年」
「おやすみなさい。……あの、ゆーかさん、最後に1つだけ」
「何だ」
「なんで僕の事を、名前で呼んでくれないんですか」
「それはな、極めて簡単な理由だ」
「?」
ふたたび、少年の唇に女の唇が触れる。
「……ん」
「君の名前は――私の父の名と同じなんだ」
「!」
「君は、ご母堂の名前を叫びながら性行為(セックス)が出来るか?」
「む……無理です」
「だから、私が君の物になるまでは、私が覚悟を決めるまでは、君の名を呼ばわることは出来ぬ」
「分かりました。その日まで待っててください。おやすみ、――――」
「……」
ユーカリ。
少年は、最後の言葉を声に出さずに、口だけを動かして、呼んだ。
女は、意識を仄暗い闇の中に沈め、安らかな寝息を立てはじめていた。
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