春の座席は甘いので、朝採り&生食がオススメできる話
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「じゃあな。大変だろうけど頑張れよ」
「……ああ。ありがとう」
ふたたび見た天使の笑顔に、総一郎の顔も自然とゆるんだ。
(さて、と)
彼は下車したが、今日はこのあとにやるべき大事なことがある。
目の前には、彼が座っていた席。いや、彼に温められた席。
いま彼は席を立って下車したため、空席となっている。
実は、初めて会話をした日から一週間経った今まで、彼が温めた席には座れていなかった。いずれの日も、隣やそのまた隣に高齢者が立っており、自分が座るわけにはいかなかったためである。
だが、今日の両隣は二十代とおぼしき男性サラリーマン。近くにも高齢者の姿はない。
(今日こそは、ここに……! 座れる……!)
湧きあがってくる感情としては、恥ずかしさもあるが、やはり嬉しさが大きい。
(今は五月……。春キャベツはみずみずしく、かつ柔らかく、そして甘く、生食には最適だという。じっくりと味わおうではないか)
総一郎ののどが、ごくりと上下した。
(産地直売、朝採り春キャベツ。謹んでごちそうになりま――)
ドン!
「――!?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
目の前には、ふさがってしまった席。
その無慈悲な現実を目の当たりにしてもなお、状況を理解するまで数秒を要した。
なかなか総一郎が座ろうとしなかったので、右隣に立っていた若いサラリーマンが大丈夫だと判断して座ってしまったのである。
(こ、こんなことが……)
力を失った手から、想定問答集の冊子が離れた。落ち際に指が紐に引っ掛かって解けたが、総一郎はそれにも気づかなかった。
(僕の……僕の朝採り春キャベツが……)
冊子はそのまま落下を続けて満員の通勤電車の床に落ち、ページがぶちまけられた。
なお、次の日は普通に座れた。
(『春の座席は甘いので、朝採り&生食がオススメできる話』 終)
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