春の座席は甘いので、朝採り&生食がオススメできる話
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質問へのよい返しをひねり出す必要があるが、なかなか思いつかない。
これもタイミングが遅れすぎると彼を不安にさせてしまう。急いで考えなければならない。
押し寄せる焦りの波。
それは次なるミスを生んだ。
「これは……今日提出する予定のレポートだ」
総一郎は言い終わる前に失策に気づいた。
(しまった……)
高校の授業で、こんなに分厚くなるレポートの課題が出されるはずがない。比較的長いレポート課題が出る世界史でも、ここまでの文量を求められたことはない。
これは……彼に信じてはもらえまい。
追及されたらどうする? どうかわす?
訴追の恐れがありますので回答は控えさせていただきます? 記憶にございません? 極めて遺憾であります? 緊急謝罪会見? 体調不良により入院? いや、どの手もまずい。説明責任を果たしたことにはならない。社会的信用の失墜は不可避。
総一郎は頭が真っ白になりかけた。
だが――。
「そ、そっか。頭いい学校ってそういうの大変そうだもんな。アハハハ」
なんと、彼はそう返してくれたのである。
(助けてくれた)
そうに違いないと思った。
客がフィンガーボウルの水を勘違いして飲めば、皆それに付き合ってフィンガーボウルの水を飲む。客に恥をかかせないようにするためだ。
それと同じで、彼はすべてわかったうえで、こちらの至らぬレベルに合わせてくれたのではないか。
あらためて、彼を見た。
彼は頭を掻いている。整髪料を使っていなさそうなサラサラの短髪、その毛先が慈愛に満ちた弾みを見せる。照れくさそうなその笑顔は、まぶしくもあり、穏やかでもあり、柔らかくもあり、そして何よりも優しかった。
これはまさしく――。
(天使……!)
だが総一郎は、彼からありがたく頂戴した幸福感を、すぐにしまい込んだ。
(彼の気持ちに甘えてはだめだ)
今回の失敗は軽いものではない。人間である以上ヒューマンエラーはゼロにはできないが、何度も繰り返さぬよう反省と対策は必要だ。おおもとの原因は、電車は混むことがあるという当然の事象を織り込めなかったことにある。生徒会役員としては非常にお粗末なリスクマネジメントだった。
解決するには……。
(やはり、すべての想定問答を記憶するしかない)
それしかない。そもそも、想定問答集を手に持って乗車すること自体に甘さがあったのだ。三百ページ? そんなものは自分にとってはたいした障害ではない。五百ページだろうが、千ページだろうが、全部覚えてしまえばいい。
すべてを記憶し、自在に引き出せるようにする。それこそが、究極の自己完結型ペーパーレス社会……!
結論が出たところで、彼の下車駅に着いた。
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