第三十七話 兄からの禅譲その七
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「機を見てな」
「そのお考えは変わりませぬか」
「前にもまして床に伏しておる」
そうした状況だからだというのだ。
「それでじゃ」
「やはりですか」
「頃合いを見てな」
そうしてというのだ。
「虎千代にも話してじゃ」
「そのうえで」
「あの者に座を譲ろう」
「やはりそうされますか」
「わしは戦の場に立てずじゃ」
さらにというのだ。
「前以上に床に伏しておるのじゃ」
「では」
「やがて虎千代に話そう、そしてな」
晴景はさらに言った。
「家臣達もであろう」
「虎千代様をですか」
「主にとな」
まさにというのだ。
「言っておろう、ではな」
「間もなく」
「虎千代に話す」
その彼にというのだ。
「そしてじゃ」
「殿は、ですか」
「隠居してな」
そしてというのだ。
「後は静かにする」
「そうですか」
「もう時やもな」
こう宇佐美に話した、そしてだった。
晴景の身体は日に日に弱まりそれと共に床に伏すことも多くなった、そしてそれと共に家臣達はというと。
景虎を見てだ、こう話すのだった。
「やはり主は虎千代様か」
「その方がよやもな」
「殿はお身体が弱い」
「元々戦に出られなかった」
「しかも近頃はな」
今の晴景のことも話された。
「増々お身体が弱くなられてな」
「それで床に伏されることがさらに多くなった」
「ではじゃな」
「もうな」
「家の主は虎千代様じゃな」
「あの方になって頂こう」
「しかも虎千代様は戦では敵なしじゃ」
彼の軍略についても注目されていた。
「あの方は戦になれば必ず勝たれておる」
「しかも信じられないまでに見事に」
「あの方はまさに軍神じゃ」
「毘沙門天の化身としか思えぬ」
まさにというのだ。
「しかも政も見ておられる」
「そちらも悪くないぞ」
「我等にも民にもお優しい」
「学もおありじゃ」
「あの方こそ当家の主に相応しいではないか」
「殿には隠居して頂いてな」
「虎千代様に主になって頂こう」
こうしたことが話されその声が日に日に大きくなってきていた、それでその声を知ってそのうえで。
晴景は直江と宇佐美に言った。
「わしは決めた」
「では」
「遂にですか」
「隠居してじゃ」
そうしてというのだ。
「虎千代に主を譲る」
「そうしてですか」
「虎千代様に越後をお任せしますか」
「そうしますか」
「そうする」
力のない言葉だったがそこにあるものは確かだった。
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