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fate/vacant zero
風の訃報
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あの日と違うのは、この体が初めから今の自分の姿であること。



 忘れ去られた、実家の中庭の池。

 その小船の上で寝転び、霧がかった空を見上げて、思う。


 自分は、つらいことがあった時は、いつだってここに寝転んでいた。

 選べない選択肢から逃げるように。

 いいことが何も見つからない、つらい選択から逃げるように。


 自分の世界に、閉じこもるために。

 自分の中の理想からあまりにかけ離れた、悲しい現実から逃げ出すために。



 でも。



 もう、ここで寝転んでいても、"理想"がこの舟を訪れることはない。

 もう、ワルドはここにやってくることはないのだ。


 優しい子爵は。

 憧れの貴族は、もう思い出の中にしか居ない。


 甘い"理想"は十年という歳月を経て、辛い"現実"へと変わり果ててしまっていた。

 あの日、幼い日にかわされた約束を果たす子爵は、本当の意味で“心の中の偶像”になってしまったのだ。


 "現実"にいるのは、薄汚い裏切り者。

 勇気溢れる皇太子を狙い、自分を殺そうとして、自分の数少ない友人を手に掛けた――残忍な男。



 もう、自分の迷いに答えてくれる男は、居ない。

 自分で、選ばなければならないのだ。



 "現実"が、怖い。

 ずっと、"理想"に寝そべっていたかった。

 "理想"と訣別した今でも、そう思う。



 小船の上で、涙を落とす。

 彼女は、もう還らない。



――キュルケに、なんて言えばいいんだろう――



 途方にくれ、はらはらと泣き崩れていると、ぱしゃりと、小さな音がした。



「……だれ?」


 ぱしゃぱしゃり、ぱしゃぱしゃり。

 水面に、波紋が拡がっていく。



 ……子爵では、ない。



 というか、子爵だったらもう一度爆発で吹っ飛ばす。

 杖を構え、その波紋が拡がる元をみやると――


 そこにいたのは、キュルケだった。

 そこにいたのは、タバサだった。


 キュルケは何故か騎士の姿で。

 タバサは、何故か黒いドレス姿で杖を担いで。


 衣類の裾すそが濡れるのにも構うことなく、二人は島から池の中を歩いてきていた。



「ぁ――」


 キュルケが、小船の上から自分を抱え起こし、その腕に抱き上げる。



「ちょ、ちょっと――」

「泣いているの? ルイズ」


 キュルケが、言った。

 戸惑いながらも、こくりと頷く。



「泣かなくてもいい。ここに、あなたを脅かすものは来ない。

 
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