第三章
[8]前話
熊の目の前に人間の赤子、吹雪の寒さの中で行き倒れこと切れた両親に護られている様にいる赤子だった。
熊がその赤子を見た時にだ、声は彼女に問うた。
「今がだ」
「その時ですね」
「そうだ、どうするかはだ」
まさにとだ、声は熊に対して告げた。
「そなた次第だ」
「私がどうするのか」
「そなたが見捨てるならだ」
「この子はですね」
「ここで吹雪に埋もれてだ」
「死にますね」
「そうなる、この赤子の親達と同じくな」
既に半ば雪に埋もれている、雪から出ている指は紫色になっている。
「そうなる」
「そうですか」
「そしてだ」
「この岬もですね」
「誰もいなくなってします」
「そうですね」
「そなただけなら他の場所に移ってだ」
この岬からというのだ。
「そしてだ」
「その後はですね」
「そなたは生きられる、だがな」
「この岬については」
「誰もいなくなる」
あらゆる生きものがというのだ。
「そうなってしまう」
「そうですね」
「それでどうする、そなたか岬か」
声は熊にさらに問うた。
「そしてその赤子か」
「この子もですね」
「どうする、これから」
「この子は今すぐ助けないと」
熊は暫し考えた、それは彼女にとっては非常に長い間考えたことだが実はその暫しは一瞬のことだった。
考え終えてだ、熊は声に答えた。
「死んでしまいます、そしてそれが出来るのは」
「そなただな」
「はい、私しかいません」
まさにというのだ。
「ですから」
「そうか、それではか」
「この子のことは引き取ります」
「そうしてだな」
「私がこの子の親となります」
確かにとだ、熊は声に答えた。
「岬の為、そして」
「赤子の為にだな」
「私だけが助かるなぞ」
「それはか」
「何でもないです、つまらないことです」
熊はイッカクや岬にいる他の生きもの達のことも思い出した、今助けなければ死んでしまう赤子のことだけでなく。
「それでは」
「そうしてくれるか」
「必ず」
こう答えてだった。
熊は赤子にそっと近寄りその胸の中に置いた、すると自然に乳が出て彼を寒さと飢えから救った。
こうして熊は人間の赤子の親となった、赤子が立派に育つまで育て彼に母と呼ばれた。
この赤子が後にこの岬の英雄となるシイタクユックである、この英雄は熊が育てたことはイヌイットの伝承にある、シイタクユックはバロー岬の人々を護りそして岬自体も護る偉大な英雄となった。全てはこのことからはじまった。熊が声に言われ悩みそのうえで決断したことから。バロー岬に伝わるイヌイットの古い物語である。
熊の息子 完
2018・1・25
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