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戦国異伝供書
第三十三話 隻眼の男その三
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「他の国にも進まねばじゃ」
「甲斐の国はこのまま貧しく」
「民達は苦しいままじゃ、そしてじゃ」
 晴信はさらに述べた。
「甲斐の外を見るのじゃ」
「外ですか」
「相模の北条、駿河の今川が隙を見せると来る」 
 攻めてくるというのだ。
「危うい中にある、だからな」
「今こそですな」
「何とかせねばならぬ」
 そうした時だというのだ。
「我等はな」
「では」
「立つ、しかしじゃ」
 自身が動くことは決めた、だがだった。
 晴信は信繁達にこう問うたのだった。
「わしが甲斐の主になる、しかし父上はどうなる」
「父上ですか」
「そうじゃ、この場合父上は隠居となられるが」
 それでもと言うのだった。
「父上がそれで納得されるか」
「それは」
 信繁達は言われてはっとした、確かに今は晴信が立ち甲斐の主となるべきだ。だがそれで信虎はどうなるかが問題だった。
「父上のご気質ですと」
「素直に隠居されるとは思えませぬ」
「到底」
「そうであろう」
 信繁達にこのことを言うのだった。
「間違いなくじゃ」
「そこで素直に隠居されず」
「大いに動かれますな」
「軍勢を動かすやも知れませぬ」
「その危険もありますな」
「確かに当家の家臣達はほぼ全てがわしにつこう」
 晴信もそうなることは間違いないと見ている。
「しかし父上は武田家の主ぞ」
「隠居されても兵を挙げられれば」
「間違いなくそれなりの兵がつきまするな」
 甘利も板垣も怪訝な顔で述べた。
「そうなりますな」
「間違いなく」
「そうじゃ、しかもそこで父上が命を落とされれば」
 その時はというと。
「わしは父殺しの大罪人となる」
「そうなってしまいますると」
 信繁は兄のその指摘に暗い顔で応えた。
「何かと不都合ですな」
「父殺しの大罪人につく者はそうおわぬ」
「家臣も民達も」
「そして他の家の者達はそこに付け入る」
 先に挙げた北条や今川といった家がというのだ。
「そうなるからじゃ」
「だからですか」
「迂闊にはですか」
「わしは立てぬ、果たしてどうすればよいか」
 それはと言うのだった。
「わしにもわからぬ」
「左様ですか」
「では、ですか」
「今はまだ」
「立つべき時でな」
 そしてと言うのだった。
「立たねばならぬが」
「どうすべきか」
「そのことを考えていく」
「そうせねばなりませぬか」
「そうじゃ」
 こう言ってだ、晴信も弟や家臣達の考えを聞いたがそれでもだった。
 動くに動けなかった、だがこの話から二日後晴信の下に彼と会いたいという者が訪れたのであった。 
 その話をしてきた春日源助の整った顔を見つつだった、晴信は己の小姓である春日に怪訝な顔で問うた。
「その者の名はか」

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