暁 〜小説投稿サイト〜
短編
しきのおてがみ

[8]前話



こんにちは。
そちらの天気は如何でしょうか。
こちらは柔らかな春風が吹き、桜の蕾がむずむずと支度を始めました。
お身体にご自愛ください。


こんにちは。
入道雲と共に漂うと心地良さそうな、そんな空が続いております。
最近は雲を食べているかのように柔らかなかき氷があるようで。
今度紹介しますから、一緒にシロップがけの雲を食べに行きましょう。


こんにちは。
食欲の秋は風まで美味しく、肺いっぱいに枯葉と銀杏が広がります。
体重計がないものですから、ついつい腹八分目を気にせず食べてしまいますね。
どうか食べ過ぎにはご注意を。


こんにちは。
冬の木枯らしは身も心も凍らせるように吹き荒んでおります。
心の暖かい人間は手が冷たいと聞きますが、この時期では少し通りにくいお話かもしれませんね。
私の手は、――――――




棚の清掃をしようと引き出しを引くと、紙の束が幾重にも重なり小さな丘を作っていた。
全て唯短く、日記とも手紙とも呼べそうな文章で四季折々が綴られている。
一番上は冬の手紙だったようだが、最後の一文は全体的に震えてしまって文字とは思えない線が引かれている。おまけに無理やり引き出しに詰め込まれたのか、とても雑な四つ折りで仕舞われていた。



ああ、そういえば確か。
ここの患者さんは最後、「手の震えが止まらない」とナースコールをおかけに。



病棟の外にはオリオン座が、重暗い夜空に輝いている。
柔らかな若葉の風も、桜の花も、まだまだここには来ないようだ。





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