第三十二話 青から赤と黒へその六
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「お願いします」
「それでは」
「質素でも酒があれば」
それでとだ、言ったのは謙信だった。
「わたくしはいいですが」
「殿は酒が過ぎますぞ」
その謙信に柿崎が忠告した。
「毎日夜はしこたま飲まれていますが」
「酒は百薬の長で人の友です」
「だからですな」
「わたくしは酒があれば」
それでというのだ。
「何も不満はありませぬ」
「ですがそれでもです」
「酒が過ぎるとですね」
「拙者は思いまする」
このことは否定出来ないというのだ。
「やはり」
「謙信殿、わしからも言う」
信玄は彼の出家名で呼んで言った。
「先日わしとも飲んだが」
「また共に飲みましょうぞ」
「それはいいが飲み過ぎだ」
信玄から見てもというのだ。
「まことにな」
「ううむ、信玄殿に言われますと」
謙信もだった、自身の主となり天下人にもなった信長に言われても弱いがかつての強敵であり今は無二の友である信玄に言われるとだ。
「どうにも」
「辛いか」
「ですが」
それでもとだ、謙信は言うのだった。
「酒については」
「どうしてもか」
「止められませぬ」
「困ったことじゃ」
「殿の酒については」
本庄も困った顔で述べる。
「我等も以前から謹言しています」
「左様じゃな」
「しかし酒だけは」
どうにもというのだ。
「この通り毎晩です」
「大酒をじゃな」
「縁側に出られ塩や梅を肴に」
そうしたものを肴にしてというのだ。
「飲まれています」
「そうか。肴は質素であるな」
「そこも殿の素晴らしきところ」
本庄は謙信に心から忠義を誓っている、それで彼の普段の質素さについては素直に認めてこう言ったのだ。
「まことに」
「そこれはわしも素晴らしいものと思う」
「はい、ですが」
「酒だけはじゃな」
「毎晩なければです」
「どうにもならぬな」
「まさに夜が過ごせませぬ」
こう信玄に話すのだった、黒い衣の上杉家の中から赤い衣の武田家の者達に対して確かな声で話した。
「どうしても」
「やれやれじゃな」
「深酒さえなければと思いまするが」
「しかしわたくしは」
また言う謙信だった。
「酒だけは許して頂きたい」
「それ以外は辛抱出来る御仁じゃ」
信玄は謙信を誰よりもわかっている、謙信が信玄をそうである様に。それで今もこう言ったのである。
「ならばな」
「このことはですか」
「言っていくが仕方ない」
わかってもいるという返事だった。
「どうにもな」
「そう言って頂ければ有り難きこと」
「ではな」
「はい、しかしわたくしは酒を飲み」
やはりそれはどうしてもだった、謙信にとっては。
「そうして日々を過ごしておりまする」
「まさにこの世は一酔夢である
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