第三十二話 青から赤と黒へその五
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「だからのう」
「はい、そのこともあり」
「海の幸がじゃな」
「非常によかったです」
こう言うのだった。
「今も大坂等に入ればよく食しています」
「お主はそうじゃな」
「すっかり好きになってしまいました、刺身も揚げたものも」
「揚げたものですか」
「そちらも」
幸村は家康にまた答えた。
「最近は」
「それは奇遇、それがしもです」
「徳川殿もですか」
「魚の揚げたものが好きで」
それでというのだ。
「よく食べています」
「左様でしたか」
「しかし徳川殿は」
ここで石田が言ってきた。
「雷が鳴りますと」
「その日はですな」
「はい、口にしませぬ」
家康も石田に応えた。
「その日は」
「縁起ですか」
「そんなところです」
「やはりそうですか」
「どうもです」
家康にしてはだ。
「雷が鳴りますと」
「揚げものはですな」
「食してはならぬ」
その様にというのだ。
「そう思いまして」
「それで、ですか」
「そうした日は食せず」
「また後日ですか」
「そうしております」
「成程、徳川殿もですな」
「縁起をです」
まさにそれをというのだ。
「担いで」
「雷が鳴れば揚げものは口にされず」
「避けておりまする、ただ雷が鳴らねば」
そうした日はというと。
「楽しんでおります」
「左様でありますな」
「しかしそれがしどうも贅沢は性に合わず」
家康は笑って石田にこのことも話した。
「贅沢な飯は」
「食されていませんな」
「そうしております」
「駿府はよい土地ですが」
「それでもです」
「贅沢はされず」
「貧乏暮らしです」
家康はやや自重気味に石田に答えた。
「今も」
「百六十万石の方がそれは」
織田家を除けば文句だしに第一の石高だ、百万石以上の家は天下でも徳川家しかいないのが実情だ。
「また」
「いやいや、百六十万石でもです」
「贅沢はですか」
「性に合わず」
「贅沢は民達にも悪いと思い」
これは家康個人の考えだ、徳川家自体が質実剛健の三河武士以来の家風があることも大きいこともある。
「日々です」
「慎んでおられますか」
「その様に」
「ううむ、それがし徳川殿を誤解していました」
「誤解ですか」
「大身の方なので」
だからだというのだ。
「それなりの暮らしをされ望みもです」
「大きいとですか」
「思っていましたが」
それがというのだ。
「違いますな」
「はい、ですから」
それでと言うのだった。
「これから徳川殿とは色々とお話をしたいのですが」
「それがしでよければ」
家康も石田に笑顔で応えた。
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