episode3『怯える魔女と激昂の鬼』
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別になんともない筈だ。
シスター――智代は困惑したように書庫の様子を眺めると、今にも泣き出してしまいそうなヒナミに気付く。何かを悟ったような表情を浮かべ彼女に駆け寄ったシスターは、その小さな体をギュッと抱き締めると、「大丈夫。怖くない、何も怖くないさ」と、ヒナミの頭を優しく撫でた。
同時に、ひどく押し殺された泣き声が聞こえてくる。その苦しい気持ちを全て吐き出そうとしない、辛い心を吐き出すことすらも恐ろしいのだろう。そんな彼女に対する罪悪感が胸の内を満たしていって、書庫に居るのが苦しくなってくる。
次第にこの状況が耐え切れなくなってきて、不安定な足取りながらも、本棚を支えに出口へ向かう。一歩、一歩と小さな歩幅でようやくドアに辿り着いた時、不意にシスターが言い放った。
「シン。悪くなんかない。お前も、この子も、何一つだって……悪くないんだ」
「……うん。ありがとう、シスター」
――毎日、毎晩。ここで暮らし始めてずっと言われ続けたその言葉が、今はただ無性に苦しかった。
◇ ◆ ◇
体が、鉛のように重い。
書庫から離れて数十分は経っただろう、だというのに脳裏には延々と先程の光景がフラッシュバックし続けて、シンの精神を蝕んでいく。体を支えるため、壁に添えた手から伸びる鬼の爪が、壁に擦れてカリカリと音を立てる。
シスターは、かつてシンのこの鬼の姿を『歪む世界』――強過ぎるイメージによって構成された、現実とは異なる空想の世界だと言った。
だが本当にそうなのだと言うのなら、この指先から伝わってくる爪が壁を傷付ける感触は?それによって発生した、事実耳に届いているこの摩擦音は?そしてこの壁に残る、決して浅くはない爪痕は――?
「……ぁ、……ぁ……っ」
荒い呼吸を吐きながら、せめてベッドに戻ろうと――頭を空っぽにして、何も考えないように眠ってしまおうと、歩く。
だが、足に力が入らない。閉じる力も失って開きっぱなしの口から涎が垂れて、石畳の床にぽとりぽとりと滴り落ちた。それと同時に、足辛うじて体重を支えていた膝もかくんと崩れる。
おなかが、空いた。
昼ごはんは、さっき食べたばっかりだ。いつもよりも多めに食べて、流石に食べ過ぎたかななんて笑っていたのに。そんなことは起きていなかったかのように、強烈な飢餓感が、空腹感だけが、シンの頭を満たしていく。
最近はなかったのに、また起きてしまった。くそ、くそ、くそ、と、悪態を繰り返して思考を少しでも誤魔化そうとする。
初めは戸惑った、何故だか異様にお腹が空いたから、無理を言ってシスターにご飯を作ってもらって、だと言うのに
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